楽になりたい






三輪とは初めて会った時からシンパシーを感じていた。




他の先輩や同級生ほど高専という場所にも呪術師にも思い入れがなくて、ただお給料が良いという点に惹かれて集まってきた私達。真依みたいな家柄や性別、術式の差別なんて漫画の中での話だと思って生きてきた酷く呑気な人間。三輪の家には弟が二人いるらしいけど、うちは妹が一人。違いと呼べる違いなんて、多分、それくらいしかない。たまに安くて美味しいお店を共有し、クーポンを使ってご飯を食べに行っては貧乏話や他の子達との住む世界の差について語り明かしたものだ。


空色の晴れやかな彼女の髪色は見ているだけで幸せな気持ちにさせられて、その明るい性格と相まり三輪と遊ぶのは楽しかった。彼女の話には思わず、あるある、と頷くことも多くて、その度三輪は「だよね!?」と身を乗り出して喜んでくれたのだ。そんな素直な仕草が嬉しくて、私はいつもその瞬間を心待ちにするように彼女の話を聞くのが常だった。私たちの関係は"そういう"モノなのだ。自ら何かを発信するタイプじゃない私と分け隔てなく真っ直ぐな三輪との相性はきっと、傍目から見ても悪くはないものだったと思う。






「メカ丸が美味しいお店を見つけてくれたの!良かったら今度一緒に行かない?」
「あ、そうそう、メカ丸が安くて可愛い雑貨屋さんを見つけてくれて……!」
「昨日の任務メカ丸が、」






"それ"に気付いたのはきっと、三輪自身より私の方が早かった。徐々に彼女の語る話には"メカ丸"という単語が増え、その日の大半を彼の話題で消化する日すらも出てきた。私もメカ丸のことは優しい人だと思っているし、一緒にいて居心地のいい相手と認識していたので別にそれが苦だとは思わなかった。寧ろ彼の知らない一面についてを他人の目を通じて聞くのは興味深いとすら感じていた。感じていた、筈なのだ。


……弁明しておくと、別に三輪の全てが彼に染まってしまった訳じゃない。彼女は本当に、嫌味無しに良い子だった。少ない割合の私の話を蔑ろにすることなんて絶対無かったし、相変わらずの貧乏トークや安売りの話で盛り上がることも多かった。話し上手でも聞き上手でもあるユニークな三輪のことが私は本当に好きだった。大好きな友人だと思っていた。今も、昔も。それと同時に私達は趣味や嗜好、背景や立場もよく似ていた。似ていたからこそ仲良くなれた。……だからこそ、よくわかる。三輪はきっと、とっくにメカ丸のことが好きなのだ、と。だって私も、とっくにメカ丸のことが好きだったから。


キッカケはあまり思い出せない。あんな見た目でも隣にいて安心したからだとか、優しかったからだとか、声が好きとか、なんとも高校生らしい単純な理由だった気がする。もしかしたら理由と呼べる明確なモノなんて存在しなかったのかもしれない。ただ、私が自分の感情に気付いたのは晴れやかな夏空みたいな彼女があまりに嬉しそうに彼の話をするところを見た時だった。向日葵みたいに屈託なく笑う綺麗な三輪を見た時に胸の奥が苦しくなって、チクリ、と抜けない棘が刺さったような錯覚に陥ったのだ。それに気付いた時に思った。私が好きなのは、







「三輪でしょ」






一刀両断。あまりに呆気なく、ストレートな真依の物言いに私は目を丸くした。思わず手に持っていたスプーンを落としてしまいそうになった私に肘を付いた彼女は深く溜息を吐く。そこまで考えてて何で気付かないの?とでも言いたげな顔は案外鈍いところがある真依にはされたくなかったけれど、彼女は私の想いを決して笑いはしなかった。三輪のことが好き?私が?歯車を失ったように空回る思考は中々落ち着いてはくれなかったけれど、思い返せば確かに私が苦しく感じていた時は決まって彼女と話していた時が多かった気がする。……寧ろメカ丸と顔を合わせているときは自然体で気負わない感覚になることが多かった。それにメカ丸の機械の瞳が向く方向は決まって私ではなくて…………だから錯覚していたのか、それとも自分の感情から目を背けたかったのか、私自身のことでありながらも私はわたしが分からなかった。





「私、三輪こと好きなの?」
「聞いてる限りはね」
「……いつから気付いてた?」
「ずっと前から」




紅茶を淹れたカップに口を付けて喉を潤した彼女は、瞼を閉じて長いまつ毛を揺らしながらそう答える。そんなに昔から私が惹かれていたのだろうか。他の人から見てそんなに分かりやすかったのだろうか。そんな疑問を汲み取ったように真依は「私くらいじゃない?」と答えた。まだ残った夕日みたいな色をした水面を見つめる視線はどこか懐かしそうにも、寂しそうにも見えて、掛ける言葉を見失う。そんな私に気付いて自嘲したみたいに笑う真依は、一つ忠告しといてあげる、と前置きをしてから口を開いた。





「しんどいわよ、これからは」
「……そっかぁ」
「諦めた方が随分楽かもしれない。……どうする?」
「…………でもさぁ、真依」





俯きがちに視線を下に向けていた私は、窓の外に映し出される雲一つない空をじっと見つめた。綺麗だ、とか、美しいだとか。私にはそれ以上の感想を持つことは出来なかったけれど、それでもきっと、こういう人間は大抵の場合、







「諦められるなら多分、はじめからそうしてる」






ジリジリ蝉が鳴く日差しの中、私にしてはハッキリとした輪郭で紡がれた言葉に真依は数回瞬きしてから整った唇の口角を持ち上げると「アンタも言うわね」と機嫌良さそうに頬を緩めた。これを恋と呼べるのかは分からないけれど、気付いた瞬間に盛大に失恋した私の恋模様はこれからも熟成し、煮詰められ、手が付けられなくなるかもしれない。そうなったらアンタらの幸せパワーで焼き切って欲しいな、と、この場には居ない同級生二人の姿を瞳の裏に浮かべては背もたれへと盛大に体を預ける。染み出す疲労感を指先に巡らせて見上げた太陽が眩しいくらいに輝いた。……あーあ、今日の空も彼女みたいに文句の付けドコロがない綺麗な晴天だ。






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