ちゃらんぽらん









「……それ、どうしたの」







ふ、と廊下ですれ違った人物の腕を反射的に捕まえた。相変わらず美しく伸びた背筋とこの世で似合う人が限局されるであろう巫女服。品行方正を体現するような、真面目で揶揄い甲斐のある"庵歌姫"は私のカワイイ後輩だ。強制的に足止めされて、揺らいだ黒髪は元々は綺麗に整えられていた筈なのに今では酷くアンバランスに断ち切られてしまっている。そして何より、私が一番に彼女を引き止めた理由は、白い肌の上。顔の右半分に刻まれた痛々しい傷跡の存在だ。視線が交わった瞬間、彼女はあからさまに眉を顰めバツ悪そうに睫毛を伏せる。弁明しようとしたのか数度唇を震わせたけれど、結局歌姫の声は音にならない。話したくないのか、話せないほど辛いのか、私にはその真偽すらも分からなかった。





「……すみません、」
「……なんで私に謝るの?」





苦しそうに謝罪の言葉を口にする彼女の行動が読めない。少し掠れた響きを無理に押し出すように歌姫は言う「期待に応えられなくて」と。鈍器で殴られたような衝撃が身体を貫き、呆気に取られつつもその発言の意図を汲み取ろうとした。……それは、私の期待に、という事だろうか?確信が持てない私とは裏腹、堰を切ったように歌姫はポロポロと口の端から零れ落とすみたいに呟いていく。先輩に褒めてもらった髪も、肌も、こうなってしまって、と苦い笑みを携えたその表情は明らかに無理をしていた。




……さっきも言ったけれど、庵歌姫は真面目なニンゲンだ。何かと癖のある奴ばかりが蔓延る呪術界で凛と真っ直ぐに、お天道サマに向かって伸びていく彼女は、出会った当初の私の瞳にはずいぶん美しく透き通って映ったものだ。そんな姿に羨ましさと少しの妬ましさを感じ、それを煮込みに煮込んだ末残ったのは、彼女への純粋な"賛辞"だけだった。……深く考えるのは嫌いだ。考えた結果何も振るわないことが、どうにもならないことが、苦手だ。そんな中途半端な私は所謂、泥に塗れた負の感情を抱き続けることにすら疲れてしまい、根無草として生きている。私はどれ程の時間を掛けても歌姫のようにはなれない。きっと、そういう摂理で世界は回っている。



任務をこなす度に飲んだくれてフラフラと街を彷徨う私の腕を捕まえて「どうしたんですか!?」「また何かありましたか!?」決まってそう尋ねてくれるのは普段なら彼女の役目だった。何でもないけど嫌になるよね、と慣れたように返す私に溜息を吐きながらも健康について説く少々お節介な彼女を気に入っていた。私の方がセンパイなのに仕方ない妹を見るように接してくる歌姫は、やっぱりしっかり者でちゃんとしているヒトだと思っている。……だからきっと、彼女がまだ私より人生経験とかいうものが希薄なコーハイだってことを忘れがちになっていた。






「……あのね、私がアンタに期待してるのはひとつ、死なないことだけなのよ」
「…………え?」
「一々私の嗜好を叱ってまで体の心配しちゃってさ、ただちょっと先輩ってだけなのに毎回探しに来たりさ……ほんとお節介な後輩だな、とは思うけどね」





わしゃ、と前会った時より短くなった髪を思い切り撫で回す。綺麗に整えている時にこれをするのは気が引けるけど、今日ならきっと許されるだろう。わっ、と小さく声を上げて小さくなった歌姫は困惑した目で私を見上げる。アンタの良い所なんて今言い切れないくらい、ホント数えきれないくらい存在するんだから今更私が期待を掛ける必要もないだろう。まぁ、こんなチャランポランな先輩に懐くのはやめた方がいいけど、と喉を鳴らすと歌姫は少しだけ唇を噛み締めた。





「……そんな、私は、」
「アンタは昔から真面目すぎるんだって。それは損してるとも思うし、他人の為にここまで一生懸命になれるのは歌姫の美?ってヤツでしょ」
「そ、そんなの、先輩がほっとけないからじゃないですか……!」
「それが凄いって言ってんの」





私には出来ないよ、そう言って笑う私を彼女はたくさんの感情が混じり合ったような顔で見つめる。鼻の頭がほんのり赤くて、泣き出してしまいそうにも見えるその表情はまだまだ青いなぁ、と思わせるものだ。大概甘え下手な後輩の背に腕を回して軽く抱きしめてやれば耳まで赤くして恥ずかしそうにしながら抵抗していたけれど、私が離すつもりがないことに気付くと、だらん、と腕を力なく下ろしていた。






「ま、そんなキズ、元々歌姫は美人過ぎるくらいだから大丈夫だよ」
「っ、なんで、そんなこと言うんですか……」
「別に?本心だよ。私より先に死なないだけで合格点ってヤツ」
「……っ、せん、ぱい、」
「なに?」






……酒、くさい、です。どんな感動的な言葉が飛び出すのかと期待して耳を澄ませたのに、腕の中から聞こえてきたのはいつも通りの私の単純な文句で、思パチパチと瞬きをしてから思わず私は声を上げて笑った。そんな酒臭いセンパイをスキになってる時点でアンタの負けだと馬鹿にしてやれば、彼女はグリグリと額を痛いくらいに押し付けてきたので、いたた、と被害の音を喉から絞り出す。真面目で曲がらない後輩にちょっとした抜けを教えてやるのも先輩の役目ってヤツだろう、たぶん。







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