ヘルメットは二つ分








子供の頃はテレビのロードショーで流れていた洋画を何となく眺めていた。あの時間帯ってのは特にやることもなくて、ぼんやりしながらピクセルを眺めるには丁度良かった気がする。内容なんて今更大して覚えてないけれど、どの映画でも決まってヒロインが長くて美しいブロンドを風に靡かせていた事だけは深く記憶に刻まれていた。……ブロンドは美人の象徴。そんな根強いイメージを体現するような彼女と出会ったのも、同じ頃だった気がする。






「いやぁゴメン!待った?」
「大丈夫、私も今来たとこ」
「……それってもしかして私に気遣ってる?」
「ううん?九十九ちゃんが遅れてくるって信じて5分前に来ただけ」





ヘルメットも脱がずに駆けてきた彼女にそう伝えると、九十九ちゃんはぐいっとゴーグルを引き上げて奥に隠されていた丸い目を見せると思い切り腹を抱えながら大笑いをして見せた。よく分かってるじゃないか、と上機嫌に椅子を引いた九十九ちゃんに予定を振り回された事は数知れず。私だって流石に多少は扱い慣れた。ケラケラと喉の奥を転がすうちに彼女の目尻に涙が溜まり、セパレートした長いまつ毛を淡く濡らしていく。瞳を象る毛束達にはシャンパンゴールドが混じっていて、羨ましいような寂しくなるような複雑な感情を抱いた。純日本人カラーの私とは似ても似つかない彼女は、数年前颯爽と目の前に現れ"一応"私の同級生だった女性だ。




……一応、というのは勿論私と彼女が分不相応なのは前提として、彼女が卒業後サッサと海外に逃げてしまった事を指している。よっぽど日本の呪術を取り巻く仕組みや高専の上層部を嫌っていた九十九ちゃんは毎日教室で嫌になる、と大袈裟に肩を竦めては広い青空を眺めていたっけ「ここは最悪の場所だけど、自然の美しさを感じるにはこれ以上無い学舎だね」そう言って瞼を緩めた横顔は多分、嫌味ではなくて彼女の本心だったんだと思う。窓から入ってくる夏の日差しを受けて頸に流れる汗すらも、透き通った長髪を介せば一枚絵みたいな仕上がりになるのが狡い、ずるいなぁ。


窓側の席に座る九十九ちゃんと、影の多い廊下側の私。きっとこの髪じゃ彼女みたいなハッと目を見張る光景は作り出せないだろうから大した問題ではない。……それでも彼女に憧れて、学生時代密かに髪を伸ばしていた"いじらしい自分"を思い出して自嘲混じりの笑みが零れる。結局、私の重い髪質じゃ、海外俳優みたいな美しい生糸には成れなかったんだけど。





「……それ、いつ切ったの?」
「え?」
「だからそれだって」





いつの間にかヘルメットを傍に置いていた彼女が不意にそう呟いた。肘をテーブルに付きながら不思議そうな視線で此方を見据える九十九ちゃんは相変わらず堂々としている。ソレ、と称しながら指差されたのは無意識の内に触れていた肩ぐらいまで切り揃えた毛先の事で「あぁ」と納得したように頷けば、彼女は何処か不満そうに唇を尖らせて反応薄いなぁ、とぼやいていた。先週、と求めている答えを口すると九十九ちゃんは珍しく何か言いたげな様子で口を閉ざしていた。……もしかして似合っていないのだろうか?美容師さんに似合いますよと押されるがままに頷いてしまったけれど、彼女から見てダメダメなら今後違う美容室も検討しなきゃいけなくなる。はっきり言ってよ、と促した私に彼女は少し面食らったように眉を持ち上げてから、いやぁ、と歯切れ悪そうに頬を掻いた。






「いつになく似合ってるから驚いたんだよ」
「……いつになくってのは気になるけど、ありがと」
「悪い意味じゃないよ?捺の長い髪綺麗だったし、お揃いみたいで気に入ってた私が寂しくなるってだけ」






……一瞬、耳を疑った。彼女の言葉が信じられなくて黒いライダースを纏う姿をマジマジと見つめたけれどその感情は伝わったらしい。嘘だと思ってるね?と呆れ混じりに息を吐いた九十九ちゃんの態度に動揺が隠せなかった。お揃い、って、だってそんな話、一度も聞いたことが無かった。戸惑う私を尻目に彼女は語るのをやめる様子はない。ぽんぽんと流れるように紡がれる「いつも羨ましく思ってた」「それでも私と似てたから嬉しかった」なんて予想だにしない台詞に思考回路が完全に静止した。九十九ちゃんが私を、羨ましい?






「時代劇とか見てても着物が似合うのは黒髪の女の子だし、いつ見ても艶っぽくてムカついてた」
「む、ムカついてたって………」
「だってズルいじゃん!影の下でも分かるくらい綺麗だったしさぁ」






そう言いながら自身の髪に指を通した九十九ちゃんは私の髪じゃ映えなくてね、と緩やかく目を細める。けれど直ぐに此方を見て片眉を持ち上げると「いつも付き合い悪いし?」と揶揄い混じりに訴えかけてきた。付き合いが悪い、という響きには多少、いやそれなりに心当たりがあった。






「私が一緒に行こうって言っても来てくれないし?」
「だ、だって海外なんて生きていける気がしないよ……」
「後ろ乗ってく?って聞いても断るし!」
「バイクの後ろなんて乗ったことないんだもん!」
「……そんな君が唯一私と"一緒"にしてくれたことだからね」





そりゃもう嬉しかったよ。なんて、あまりに素直に告げられた言葉にじわりと熱が集まった。九十九ちゃんはやっぱりずるいんだ。こんなに真っ直ぐ言われて何も言い返せるはずがない。彼女は綺麗な爪先を私の髪へと伸ばし、するり、と柔らかな動作で指に巻きつける。似合ってるよ、と穏やかな調子で続いた褒め言葉にもう私は何も言えなくなっていた。





「それなのに切った方が可愛くなる、ってズルいじゃないか」
「……ずるくない、よ」
「狡いってば!お揃いで嬉しかった私の気持ちを弄んでさぁ、」





それならそこに居るだけで可愛いあなたはもう反則なんじゃないか、と言い返してやりたかったけれど、寸前のところで声を飲み込む。これ以上争ってもきっと倍で返されるだけだ。そうなれば今度こそ私は動けなくなってしまう。ただでさえしどろもどろな私に世界を見据える彼女の眼差しは痛いくらい突き刺さって、あまりの目力に逸らすことができなくなった。少し詰まった呼吸の中、九十九ちゃんは口角を持ち上げた。





「今日は……っていうか今日もだけど」
「……」
「私はヘルメット、二つ積んどく主義なんだよね」
「……若い子を逆ナンしてるから?」
「それは随分心外だね!ていうかキミ、いつもそんな事考えてたの!?」






傷付いたんだけど、と不満げな顔は直ぐにころりと変化する。投げ渡された高級そうに黒光りするヘルメットを反射的に受け取って「今日こそ愛の逃避行と行こうじゃないか」と芝居掛かったように態とらしく私を導く九十九ちゃんは私の腕をしっかりと捕まえながら眩しいくらいのブロンドを翻した。あぁ、もう、貴女はやっぱりヒロイックだ。






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