一途な人





物言わぬ人形。メカ丸はそういうアレコレに分類されるのかもしれないが、メカ丸は喋るし、ゴミを押し付けたら文句を言いつつ捨ててくれる。所謂木偶なのかもしれないけれど、私はそんな彼が好きだった。





「メカ丸ってさ、本当に三輪のこと好きだよね」





平日の昼下がり。合同での訓練が終わり、今日の課題を全てこなした学生達は其々帰路につく。……帰路といっても高専には寮があるので帰る場所は同じだけど、学校終わりの過ごし方には個性がある。真依ちゃんは買い物に行く、と門を出て行ったし、東堂先輩は高田ちゃんの生放送を見るためにそそくさと部屋に戻った。私はと言うと、週末提出のレポートが終わっていなかったのでフラフラと歩いていた同級生のメカ丸を空き教室に連れ込んで助けを乞うていた。初めは要件も聞かずに彼は申し出を断ったが、それも計算済み。結局メカ丸が最後には折れてくれるのを私は知っている。実際今回も酷く呆れたような息を吐き出してから「……何処が終わっていないんダ」と近くの椅子を引き寄せて私の前に座ってくれた。彼はこう見えて優しい男なのだ。そして、そんな優しい男の彼は私の突飛な言葉にも丁寧に反応してくれる。

彼が三輪を好いているのはきっと周知の事実である。真衣ちゃんも桃先輩もそれを利用してメカ丸を操っている節があるし、知らないのはきっと想われている三輪ぐらいだろう。彼もまた私にそう言われれのにすっかり慣れてしまったらしく、最早慌てもしなければ否定もしない。面白くないの、と唇を尖らせれば集中しろ、と怒られる始末だ。きっと三輪にはそんなこと言わないだろうにね。





「メカ丸のこと好きだけどさぁ、こうも見せ付けられるとねぇ」
「…………は?」





"は?"とたった一文字。いつもはもっと機械音が混ざっているのに、これだけはヤケにクリアに聞こえた。数秒の沈黙の後……今何て言っタ?と聞き返してきた彼にだからさ、と前置きをしてから私はもう一度、素直な自分の気持ちをメカ丸にぶつけた。抜けるような雲一つない青空に、傾き始めた日差しが地平線の端を赤く染める。そんな晴れやかな天気の日に、私は理由も無く、ただ何となく、彼に決して重くもない本心を告白した。





「私はメカ丸のこと好きだけど、諦めるしかないのかなぁって」
「……冗談のつもりなら笑えないガ」
「そんな冗談言う人間に見える?」
「ある程度ハ」





酷いなぁ、と笑った私をじっと見つめるメカ丸の表情は変わらない。彼が体に表情筋を動かす機能を付けなかったことを何度も非難しては溜息を吐かれた経験があるけれど、今もそうだ。もし彼のこの顔が自在に動くのであれば、少しくらいメカ丸の可愛らしいところを見れたかもしれないのに。目の奥の液晶をじっと見つめても、そこに映るのは感情ではなく反射した私の顔だけで、その顔はなんだか少し自虐的にも見えて滑稽だと思った。





「……本当にお前は、俺の事が好きなのカ」
「勿論、やっぱ私でも流石にこんな嘘つかないよ」
「ならば尚更思うガ……随分簡単に諦めるんだな」
「…………は?」





今度その威圧的な一文字を吐き出したのは私の方だった。思考がピタリ、と止まって、数秒してから「喧嘩売ってんの?」と思わず呟くと彼は至極真剣な声色で言うのだ。俺なら諦められない、と。……なんて馬鹿な答えなんだろう。最早私は唖然として何も言えなくなってしまった。普通、振られる側の女の子にそんな事、思っていても言えないだろうに。悲しみや切なさなんて飛び越して唖然としてしまった私は、軽く唇を尖らせながら腹シャーペンでメカ丸の腕つついてやった。痛みないだろう。でも、少しでもこのどうしようもない気持ちを腹いせにぶつけたかった。





「メカ丸のそーいうとこ、キライ」
「……どっちなんだ」
「……うそ、すきだよ」





そうか、と呟いた彼は暫く私の課題に視線を落としていたけれど最後には「すまない」と謝罪の言葉を口にした。謝る必要なんてない、恋愛なんて自己満足と愛情という名の自己満足の押し付け合いだ。まして私は三輪に一途な彼だからこそ、好きなのだ。……自分でも厄介だと思う。でも私は、彼の真面目で曲がらない、それでいて面倒見が良いところが好きなのだ。面倒な感情をぶつけられて、それに真摯に謝ってくれる彼だからこそ、好きになったのだ。涙は出なかった。今日までに数え切れないくらい泣いてきたし、今更その日が訪れても何も思わなかった。寧ろ彼のほんの少しの蟠りになれただけでも十分な収穫だ、本気でそう思っていた。









だからこそ、彼の想い人であった彼女から渡された掌サイズのメカ丸を見た時には乾いた笑みが零れたものだ。随分泣き腫らしたんだろう、私と対峙した彼女の瞼は普段よりうんと赤くなっていた。初めは突き返そうとしたけれど、これは貴女が持つべきです、と鬼気迫る彼女に握らされてはもう、どうすることもできなかった。すっかり暗くなった窓の外を見つめながらベッドに倒れ込み、指先で通信機らしき物を弄ぶ。機械を作るのが得意な筈なのに、ボタン一つだけしか付いていない"ミニメカ丸"は私のレベルに合わせて作ったのだろうか。彼の真意は、読めない。




本当は一生押さないつもりだった。優しい人なくせに、私に話せないような事ばかりを抱えていた彼を狡いと思った。結局一発も本当の体を殴らせることなく行ってしまった彼を、ずるいとおもった。でも、ほんの少しの好奇心と、彼が好きだった彼女の顔を見て、なんとなく、押してやりたくなった。そこから聞こえてきたのは、いつものザラついた音声では無く、ずっとずっと人間らしい、それでいて端的なメッセージ。





『俺はお前のこと、嫌いじゃなかった』





こんな時でさえ、嘘でも好きと言わない彼は相変わらず一途な男だ。一途で、誠実で、ムカつく男。ほんと、馬鹿だなぁ、とぼやいた私の喉が情けなく震える。私はあなたの、そういうところが好きだったよ。






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