怪我の功名









「……いつも思うんですけど」
「ん?」
「普通、怪我したら医務室行きません?」





薄く血の滲んだ私の足首に術式を付与し、ガーゼを巻いてくれた新田くんが不意にそう呟いた。暑い日差しが降り注ぐ中、木陰のベンチでぼんやりと座り込んでいた私を見つけた彼が此方に走って来て「何してるんですか」と尋ねて来たのは数分前の話だ。転んじゃって、と素直に状況を説明すると新田くんは大きな溜息を吐いてからその場に蹲み込み、自らの膝に私の足を乗せながら慣れた手付きで傷の手当てを始めた。制服の内ポケットから出てくる小さな消毒液や絆創膏、ガーゼ……といった治療セットに感心して頷く私は彼から見ると随分間の抜けた先輩として映っているに違いない。





「大したこと無いし、いけるかなぁって」
「膿んだらどうするんですか……俺はあくまで止めるだけしか出来ませんよ」




新田くんはつるんとした髪を揺らしながら三白眼を細めてもう一度深く息を吐き出す。丁寧に靴下を引き上げて靴まで履かせてくれる彼は童話に出てくる王子様みたいにも見えた。そんなこと本人に伝えたらきっとまた呆れられてしまうんだろうけど、私は素直にそう感じる。新田くんは一仕事終えた、と言わんばかりに隣に腰掛けると、唇を尖らせた不満げな顔で此方を見つめる。言いたいことが沢山あります、なんて文字が浮かび上がって来そうだ。





「もう色々在庫無いんで転けんとって下さいよ」
「……新田くん業者さんみたいなこと言うんだね、いつも持ってるの?」
「いつもって言うか閑夜さんが、」





そこまで言いかけた彼は、ふ、と言葉を途切れさせる。少し目を開いて驚いたような、困惑したような表情で黙り込んだ新田くんは男の子らしい手を口元に当てて「いや、」「そういうんと違くて」と口の中でモゴモゴと何かをぼやいていたけれど中々上手く聞き取れない。殆ど無意識に首を傾けた私に彼は一つ咳払いをすると、兎に角!とハキハキ区切るような口調で声を上げた。





「怪我だけは気ぃつけて下さい、俺も手当てできるの限界あるんで」
「うん、きぃつけます。ありがとう」





彼の言葉を真似て返事をすると新田くんは仕方なさそうに口角を緩めて笑った。私は彼の柔らかくて優しい笑顔を見るのが好きだ。だけど新田くんは幾つか私について勘違いしている。きっと彼は知らないだろうけど、私だって医務室に行く時はあるし、部屋に帰れば絆創膏くらいは置いてある。加茂くんにも前から常備しろと言われていたし、私だってドジな自覚はある。だから、これはある種の"口実"だ。


将来が有望な後輩である彼との時間を作る口実。お互い任務で忙しい日々を過ごす中で新田くんとほんの少しの空き時間を共にする理由付け。初めて彼が私を助けてくれた時からずっと、私は新田くんの優しさや面倒見が良さに惹かれている。……先輩が言う台詞では無いかもしれないけれど、彼の持つそんな雰囲気が、私は好きだった。





「ねぇ新田くん」
「なんです?」
「私が卒業したら"それ"どうするの?」





それ、と称した彼の手に握られているボトルに目を向けた。白と青で清潔感のあるパッケージに包まれた殺菌作用のある液体がとぷん、と微かな音を立てて揺らぐ。新田くんは一瞬目を伏せて複雑そうに唸っている。そう、ですね、と明らかに考えが纏まらない口振りの彼が答えを導き出すまで、私はそこに座っていた。穏やかに木々を揺らす風が生温くて夏の訪れを感じさせる。私なんかよりサラサラな彼の毛先が仰がれて青空に浮かび上がった。キラキラと眩く、存在感のある髪色は遠くに居てもすぐに彼を見つけられてなんだか得した気分になるんだ。






「……閑夜さんにあげます」
「……くれるの?」
「はい。なんかこう、心配なんで」






お節介かもしれませんが。と自信なさげに続けた彼の頬は恥ずかしそうな桃色をしている。指先で軽く肌をなぞり目を逸らした新田くんはやっぱり可愛い後輩だ。やっぱり素敵だなぁとしみじみ感じつつ、でも、私はどうにも欲張りで。思わず「もう手当してくれないの?」と尋ねると彼は豆鉄砲を喰らったように瞼を見開いて、首から上を真っ赤に染め上げた。今日の太陽みたいな彼の反応にくすり、と笑った私に揶揄われたと思っているのか新田くんは「調子狂うなぁ……」と嘆いている。流石に冗談だと思われるのは不本意で"本気だよ"と確かに伝えた私に今度は耳朶の先まで赤くなった彼は、勘弁してください、と俯いた。






「それじゃ閑夜さんが俺のこと……好き、みたいやないですか」
「うん、そうだね」
「そうだねって……」
「だって、すきだもん」






唇を綻ばせた私を驚愕したように見た新田くんにはもう、顔は赤くなる場所すらなかった。ころん、と彼の腕から滑り落ち、地面に転がった消毒液を拾い上げる。落としたよ、と手渡した私に、新田くんは肩を竦めて縮こまり、ありがとうございます……と弱々しい感謝の言葉を紡いだ。







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