相棒との和解








「っ、わ!?」
「テメェ!邪魔すんな!!」





「っや、っ……!?」
「おい!そこは俺が舐めるんだっての!」





「ひいっ……!!!」
「……お前ほんと懲りないな!!」









突然だが、僕には昔から因縁のライバルがいる。音にすると"ゲハハハ"という何とも下品な笑い方をしてから天井へと消えていく紫色のフォルムに向けて盛大に舌打ちをした。隣に一糸纏わぬ姿で転がる捺はそれを見送ってから困ったような笑みを浮かべて「ごめんね五条くん……」と僕に対して申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。別に彼女が悪いわけではないのだが、彼女の相棒である"ゲンガー"に、僕たちはずっと悩まされていた。











僕が彼女との関係を再構築させ、今に至ったのはおよそ一年くらい前の話だ。彼女と同じ街で生まれ育った僕は当然のように彼女に恋をして、気付けば10年近くが経過していたが、中々どうして素直になれずにいた。途中出会った友人の傑や硝子の協力を得ながら何とか付き合うところまで漕ぎつけたのは良い。凄く良かった。……しかし、そんな僕たちの事がとにかく気に入らない男が1人……いや、1匹、存在した。それが彼女の手持ち兼相棒に当たるポケモン、ゲンガーだった。




確かに昔からゲンガーは捺にべったりだった。甘えたがりなのか知らないが、彼女の体や腕に縋りつき、頬を寄せる姿を何度も見かけたことがある。アイツはその度に意地悪く俺に笑みを浮かべて煽ってくるようなとんでも無く性格の悪いポケモンなのだが、彼女は当時それに全く気付いていなかった。いいだろ、うらやましいだろ?そう言いたげな視線に毎度歯を食いしばっていたが、今は合法的に彼女を抱きしめてキスする権利を僕は得ている。それを初めて見たゲンガーはひどく衝撃を受けたらしい。俺は今までの仕返しも込めて、たっぷりと彼女を抱きしめ、深くキスをし、なんならセックスまでを彼に見せつけてやったのだが……それが逆効果だった。ゲンガーは嫉妬に狂い、ほぼ毎回と言っていいほど僕と捺の蜜月を邪魔するようになっていたのだ。







「で、どうすればアイツをギャフンと言わせられる?」
「……その思考が問題だろ」






僕の言葉に呆れたように硝子は息を吐き出す。隣に座っていた傑はサザンドラを撫でながら何とも言えない表情で僕に「うーん」と苦笑いしていた。なんだよ、こっちが悪いって?と眉を持ち上げて抗議すれば「アンタの方が後輩なんだから」弁えてやれよと彼女は答える。……後輩ってなんだよ。そりゃ確かにアイツは捺が生まれた時から一緒だったかもしれないが、それとこれとは別問題だ。クチートに飯をやりながらポケモンに本気でその接し方をするなよと硝子に言われたが、僕にとってポケモンか人かは大した問題ではない。アイツも僕も捺が好きなんだ、その時点で油断ならないだろう。時にポケモンとトレーナーの繋がりは並の人間とのモノより強固な絆となる。これ以上恋敵として十分な相手はいない。大体その辺の奴らと僕とじゃ格が違って相手にならないんだ。それなら相手がポケモンと言われる方が幾分か納得がいく。






「……まあ、ずっとその調子で困るのは事実だろうね」
「そうだよ。流石にいいムードを毎回邪魔されちゃ僕だって黙って居られないからさ」






だからいい案無い?そう首を傾けた僕に傑と硝子は目を合わせる。いい案も何も、と言いたげな顔に不満が募ったが、結局2人に言われたのは「一度ゲンガーと話してみろよ」という素直かつ真っ当な意見だった。多少ゴネてはみたものの、実際それ以外の解決策もなく、わかった、わかった、と掌を振った。確かに前アイツとまともに会話しようとしたのはもう数年前になる。たまたま2人でキャンプした日の夜、通じるか通じないかはさて置いて一応彼女の相棒であったゲンガーに「いつかお前の主人を貰う」と宣言した。目を丸くしてから不機嫌そうに暴れたゲンガーはきっと、僕の言葉が分かっていたんだろう。それでも隣で眠る主人を起こさないように静かに攻撃を仕掛けてきた彼は彼で捺のことを愛していたはずだ。





彼女と次に会う予定なのは2日後。その日を決戦として、僕は彼との因縁に決着をつけることにした。僕だって君と遜色ないくらいに彼女を愛している。このまま好きにさせる訳にはいかないんだ。……見上げた星空が妙に透き通って見えた。ほんの少しの緊張感を胸に僕は背中から寝袋へと倒れ込む。君が僕を羨むように、僕だって君を羨んだことがある。それを伝えるために。










「本当に大丈夫……?」
「大丈夫、これは男と男の話し合いなんだよ」
「ゲェン!!」









ほらゲンガーもそう言ってるだろ?と答える僕に捺は心から心配そうな顔を向けている。結構この子繊細だから、と不安そうな目が向いているのは僕ではなく彼女の相棒へ、だ。僕は丈夫だって意味?と少し意地悪く問いかけたけれど、彼女は平然とした調子で首を縦に振る。だって丈夫でしょう、と呟くその言葉には嘘は無いけれど、少しは身を案じて欲しいのが男心というやつなのかもしれない。


後ろ髪引かれるように何度も振り返った彼女は僕が事前に伝えた「ゲンガーと2人で話したい」という要望を叶えるつもりはあるらしい。何度か紫の塊に手を振って、そっと少し離れたテントの中へと入っていく。彼女の姿が完全に見えなくなった瞬間、あからさまな威嚇の声と共に当たりの影を取り込んで体を大きく見せるゲンガーに喉を鳴らす。そんなに僕が気に食わないのか、と目を細めると、彼女の相棒は赤い目を向けた。







「……僕だって、君の役目を取りたい訳じゃない」
「ゲェン!ゲェンガー!!」
「だって彼女な相棒は君しかいないんだ、僕が今からとって代われる訳ない。……だろ?」







出来るだけ穏やかに、冷静な口調で語りかける。相変わらず釣り上がった瞳は僕への敵対心で溢れているけれど、少しは話を聞く気があるらしい。一応疎通は取れているみたいだ。……僕がゲンガーに語る内容に冷やかしは存在しない。事実僕は彼と彼女の関係は唯一無二だと思っているし、いわば僕にとってのガブリアスのようなものだろう。彼以上に僕を理解している素晴らしいパートナーはいない。







「君が捺を愛するように、僕も彼女を愛してる」
「グゲ、グゲゲ……!!」
「信じられない?気に食わない?別にどっちだって構わないけどさ、これでも本気なんだ」






じゃなきゃポケモンと膝を突き合わせて話したりするもんか。そうやって笑った意図は伝わったらしい。彼は少しだけ体を小さくし、口から影を吐き出した。落ち着きを取り戻したように僕を見つめる目は相変わらず吟味するような視線だが、さっきよりは幾分かマシだろう。彼は頭がいい、僕たちの言葉をきちんと、正しく、理解している。








「君が今まで彼女を守ってくれたこと、誇りに思うよ。ありがとうゲンガー」
「……」
「だからこそ、頼みたい。これからも君は彼女を守って欲しいし、君の努力の半分を背負わせて欲しい」
「……ゲェン」
「本当だよ、僕は捺が好きだ。これ以上無いくらい、全てを捧げていいと思えるくらい……愛してる」








僕の言葉は彼に届いたのだろうか。ゲンガーの姿を包み込む森林が風で揺らぎ、彼は人間みたいに、どこか仕方なさそうに肩を落とすと、空間に闇のオーラで覆われた穴を開けてその中へと飛び込んだ。テントの奥から「わっ!?」と捺の驚いた声が聞こえる。ランタンで照らされた内部には彼女の影とゲンガーの影が映し出された。彼はいつもなら僕にいじめられたと言わんばかりに騒ぎ立てるのに、今日は静かに彼女の額と自らの額を擦り合わせ、小さく一声鳴いたのだ。同時に自らボールの中へと吸い込まれ、彼は初めて、僕の目の前で自らボールの中へと帰っていったのだ。





暫くしてからテントを開けた彼女は信じられない、といった顔で僕を見つめて「どんな魔法を使ったの?」と首を傾げる。僕は暫く考えてから「想ってたことを伝えただけだよ」と笑った。なんだ、僕たちの間の確執なんて簡単なことだったんだ。ただお互いが彼女を好きだと再確認するだけで丸く収まるなんて、人生はなかなか突飛で、それだから面白い。そんな気分で捺を引き寄せてキスをしたけれど、テントに置かれたボールが露骨に震えたのが目に入り、思わず笑った。













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