とある坊ちゃんの受難











「坊ちゃん、良く似合っていますよ」








柔らかな笑顔。普段ならどうしようもないくらい嬉しい言葉もこの瞬間に限り最悪な文言へと変化する。真昼間の日差しを浴びた彼女は大した柄や装飾もない味気ない着物を身に付けていたが、それでも俺にとってはどんな女よりも上玉に見える。落ち着いた声が鼓膜を揺らす。それが世辞か本心かは知らないが、何にせよ気に入らない。






「見合いの応援とか暇人かよ」
「え、っと、応援、と言うか……」
「かわんねぇよ、どうせ機嫌を取るように言われてんだろ」






機嫌が悪い自覚がある。俺と歳が変わらない癖に敬語を貫くこの女閑夜捺は坊ちゃん、と困った顔で此方を見つめている。機嫌取りのつもりはない、と寂しげに下げられた眉に少しだけ罪悪感が刺激されたが、ここで折れてやれるほど俺は単純じゃなかった。黙り込んで視線を逸らした俺に彼女は本心です、と真っ直ぐな目を向けてくる。その顔が俺は好きでもあり、嫌いでもある。凛として全てを見透かしそうなのに、肝心なところからはピントがズレているのがムカついた。俺の見せたくないところばかり気付く癖に、一番知ってほしいところには見向きもしない、タチの悪いセンサーみたいなものだ。





「いつもかっこいいですけど……今日は一段と綺麗で素敵です」
「……それ本気で言ってんの?」
「勿論、嘘なんて吐きませんよ」
「…………じゃあ、俺と結婚したいと思う?」
「?ええ、きっと今日のお相手の方も坊ちゃんを……」





はぁ?と零れた声が自然と地を這いずった。びく、と肩を跳ねさせた彼女に盛大に舌打ちをして、もういい、と追い払う。明らかに地雷を踏み抜いたと気付いた彼女が坊っちゃん、と俺を呼んだが振り向いてやるつもりはなかった。……結局見合いは散々な結果に終わり、向こうの女は大激怒。必死に頭を下げる傑達を鼻で笑ったら、机の下で硝子に掌を思い切り踏ん付けられて声を上げそうになる。アイツマジで踏んでんじゃねぇよ、と軽く睨んだが、その倍くらいの目力で睨み返されて何も言えなくなってしまった。












「……悟、見合い相手を怒らせるのはこれで何回目だい」
「んなもん知らねぇよ」
「12回目。アンタの背中に正の字で刺青入れてやろうか」
「物騒なこと言ってんじゃねぇよ!大体誰が好き好んで興味の無いメスとくっつかねーといけねぇんだよ」












傑と硝子は露骨にため息をつくと深く肩を落とした。わがまま坊ちゃんだな、と呆れた顔を浮かべるその中に捺の姿はない。普段なら同じく同年代の付き人の傑達と行動を共にしているが、こういう時にはそばに寄せないように言い付けている。その理由を知る硝子達は「なら興味あるメスとさっさと付き合えよ」と毎回唸るのだが、俺だってそれができたら苦労しない。




物心付いた時にはもう、3人とは生活を共にしていた。何の因果か何の縁か、未だにコイツらが五条家に来るまでの流れは詳しくは知らないが、別に興味もない。話したい時がくればわ話せばいいし、話したくないなら無理に聞く必要もない。それでも俺達はそれなりに上手くやっていた筈だ。……そんな俺が彼女への淡い恋心を自覚したのはいつになってからだろう。恐らく初めて見合いをした時ぐらいだったと思う。無駄な正装に肩が凝る中、花みたいに笑った捺があまりに綺麗で「いつまでも貴方をお慕いしています」と告げられた言葉に気が取られた結果、見合い相手の名前すら覚えられずに終わった。多分あの時の言葉は俺が籍を入れても世話人としての役目を果たす、という意味だったんだろうが、当時の俺にとっては愛の告白のような気がして三日三晩ロクに眠れなかったものだ。





あの日以来見合いの度、俺の支度は彼女が担当してくれている。彼女はいつも俺のことを違った言葉で褒めた。綺麗だと、かっこいいと、持て囃してくれる。初めはそれが擽ったくて、例え俺の気分を盛り上げるだけの嘘でも良いとさえ思っていた。彼女に認められるだけで嬉しかった。……それが今はどうだ?随分捻くれてしまった俺は彼女からの温かな言葉を湾曲して受け取り、素直になれずにいる。どうせ親から言われているんだろう、上からの圧力なんだろう、そんな考えに逃げてばかりだ。






「結婚とかやってらんねぇわ」
「それが捺との結婚でも?」
「……それは、」
「図星じゃないか。今の君なら押し切れるだろうに」






何を怖がっているんだと指摘してくる傑にグッと奥歯を噛み締める。幾ら位が上がろうと、五条の立場が重くなろうと、俺が恐れているのは彼女が側から居なくなることだけなのだ。腹決めろよ、とタバコを吹かせた硝子が言う。バックアップなら任せて、と傑が背中を叩いた。ガシガシと髪の毛を掻き回して吐き捨てるように、あー、クソ!と俺は勢いよく立ち上がる。わざわざ着替えた着物から腕を抜き、傑には家紋付きの袴を持ってくるように命じ、硝子にら髪を整えるように告げた。2人は顔を見合わせてからニヤニヤと口角を持ち上げて「承知致しました」と普段見ないくらいに丁寧な口調でそれぞれ駆け出していく。妙に生き生きした様子で俺を整えていく2人は腹立たしかったが、納得出来る程度には整えられたので一応は感謝を伝えた。





普段客を通すのに使う座敷を押さえ、近くの花屋からは百合の花束を取り寄せた。こんなこと今までの見合いでもしたことねぇぞ、と照れ臭く思いつつ、屋敷の中を歩き回る。そして、普段と特に変わりない、落ち着いた風合いの着物を纏う彼女の背中を見つけるとその名前を、まるで果たし状を送りつけるような勢いと声量で思い切り呼び上げた。











「閑夜捺ッ!!!!!」
「っ、え、さと……っ、ぼっ、ちゃん!?」











途中で態々言い直した呼び方が昔は悟くん、といういじらしいモノだったのを俺はずっと忘れていない。突如現れた俺のことを頭の先から爪先までゆっくりと全身見つめた彼女は「今日お見合いってありましたっけ……?」と尋ねてきたが、堂々と急遽決まったんだ、と答えてやった。目を白黒させる捺の腕を捕まえて、途中控えていた硝子に着替えさせろ、と押し付ける。事前に使用許可を得ている部屋に座った俺を何度も何度も振り返りながら連行されていく彼女を見送り、ブツブツと口の中でここから先のプランについて唱えた。……ここまでは順調。あとは花束と素直に気持ちを伝えて冗談じゃないと分かってもらうだけだろう。落ち着け、難しいことじゃない。落ち着け……そうやってバクバクとうるさい心臓をどうにか撫で付ける、俺だって何年も片想いしている相手に告白すんのは流石に少しは緊張する。そりゃそうだろ、だって、








「お、っ、お待たせ、しました……」







だって、彼女も綺麗に着飾るだろうから。そう言おうとした俺の言葉が、視線が、吸い込まれる。上質な訪問着を身に纏い、頬をじんわりと赤く染めた彼女はきっと硝子からある程度今回のことについて説明を受けたのだろう。おずおずと酷く恥ずかしそうに俺の目の前に座り、丸っこい目を上目遣いにさせ、俺を見つめた。瞬間的に可愛い以外の語彙を失った俺は黙り込む。不安そうに坊ちゃん、と呼ぶ彼女に何とかごくりと唾を飲み込み「……悟、だろ」と訂正した。俺の一世一代のプロポーズ作戦は、まだ始まったばかりに過ぎない。













back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -