即興漫才





「どうもー」
「はいどうも」
「祓ったれ本舗です」
「少しでも覚えて帰って下さいね」
「まあここに来てるなら俺らの事知らない奴のが珍しいと思うけど」
「……あぁでもこうやって調子に乗るヤツが居るなら覚えない方がいいかもしれませんね」
「おいコラ」







滑り出しは上場。初めは驚きに目を見開いていた客席も私達のやり取りで破顔しているのが見える。それでもやっぱり今日の視線は軒並み隣の悟に向いていて、心の中でこっそりと溜息を吐き出した。楽屋でも言ったけど、やっぱりこれは大胆すぎやしないかい。それでも悟はいつものパフォーマンスを崩さない。決まったリズム、決まったテンポ、耳馴染みのいい言葉遊びにラリーを続け、私たちの漫才は進んでいく。








「そう言えば最近ね、家の電子レンジが壊れちゃったんですよ」
「え?あのお前の前髪みたいな柄の?」
「違うよ。悟も知ってるだろ?」
「あー、あの白いあれね、あっちかぁ……俺はてっきりコッチかと」
「どっちだよ。私の家にはレンジは一つだよ、というか大体のお宅でも一つでしょ」
「まぁでもお前家電とか拘り強いもんな、その前髪くらい」
「前髪はもういいよ、君どれだけ引っ張るつもりなんだい?」
「一生?」
「面倒臭いな」
「だってお前の第一印象"何この変な前髪"だったし」
「君はもう少し人間を人間として認識した方がいいよ」







意図的に滑り込まされたり"白"というワードに若干緊張が走る。私の家の電子レンジは真っ黒なボディと赤のラインがデザインされていて、白とは流石に縁遠い。きっとこれは悟からの合図なのだろう。数秒空いた間。サングラス越しに見える青い眼の強い輝き。はぁ、と溜息をついた私は露骨な咳払いをしてから「……ここに出た時から気になってたんだけどさ」とフリの為の言葉を口にする。それを耳に入れた悟は嫌味なくらいに思い切り口角を持ち上げた。








「悟、何で今日は"白"なの?」
「…………あっれ〜?気付いちゃった?」








ニヤニヤ。そんな効果音が聞こえてきそうな顔を浮かべ、いつもとは違う"真っ白なスーツ"のジャケットをはためかせ、私と客席に堂々と見せ付ける悟。私はそれを受けてから芝居掛かったように肩を落とし、まるで客とひそひそ話をするように掌を立て「めんどくさいよね」とマイクに囁き声を乗せれば、くすりとした笑い声が様々な方向から湧き上がる。反応は悪くない。それなりの手応えはあるし、ステージは温まっている。此処から先は本当のノープラン。頼むぞ悟、と半ば祈るような気持ちで晴れやかな彼を見つめた。








「いやぁねぇ、たまにはこう陰気な黒を脱ぎ去って王子様みたいな白も悪くないだろ?」
「自分で自分を王子だなんだ言う男はどうかと思うけどね」
「嫉妬か?」
「違うよ、何でそうなったんだい」
「と、まぁ冗談はさておいて……」
「冗談を言い始めた側がそれを言うのもどうかと思うよ」
「実はこの度、」









するり、と悟がポケットに入れていた腕を引き抜く。隣に立つ私にはその仕草がスローモーションのようにも見えた。そのまま両手の手の甲を観客に見せ付けて、途端に一番前に座っていた女性が零れ落ちそうなほど瞼を開き、口を覆ったのが分かった。そりゃあ、そうなる。私だってそうなった。悲鳴にも似た驚きの声が上がる。悟はただ、綺麗に笑った。








「結婚しました」
「そのポーズはオペ前の医者だろ……って、え?結婚したの?」
「そう!白スーツ着る機会なんてこれしか無いだろ?」
「そのポーズのまま私の方を向くのやめてくれ」








それでも漫才は続いていく。オペ前の医者だろ、というツッコミはさっき楽屋で全く同じ動作で私に指輪を見せつけてきた彼に自然と溢れた文言で、それをえらく気に入った彼は本番中の今、全く同じボケをして、その意思を汲むように私も同じツッコミを返す。途端非常に楽しそうな顔をしていた悟を見る限り、このリサイクルは成功だったらしい。







「プロポーズの言葉は何だったの?」
「俺……いや僕……いやいや私に!君の人生の全てと君が捨てたゴミと君の要らなくなった下着を……」
「そんな最低なプロポーズをするヤツが相方なんて嫌だよ、私」







本当は"一生幸せにする、結婚して下さい"だ。こんな馬鹿なことを言っていても流石に愛する彼女への言葉は真剣で、真面目過ぎるくらいなのがこのネタの面白いところなんだけど、この時間でそれを語れないのが非常に惜しい。今度バラエティで暴露してやろう、と心に決めながらこの無茶振り漫才はクライマックスへと入っていく。






「という訳で傑に無茶言ってやってる即興漫才もそろそろ終わりの時間です」
「本当に無茶だよ、私の心労を労って欲しいね」
「ほらほら締めの挨拶して!」
「あーハイハイ、お相手は夏油傑と、」
「閑夜悟でした!」
「散々言って婿養子かよ。……どうもありがとうございました」







捌ける前にいつもより深くお辞儀をした悟。これでも彼はやっぱり根は悪いヤツじゃ無い。でも、さすが相棒、と私の肩を気軽に叩いてきた本番30分前にネタを変えるとか言い始めた調子のいい"相棒"に私は一発それなりの重さのパンチを舞台袖で食らわせたのであった。










「"放送後、SNSではそれはもう話題になり、閑夜という名字から簡単に特定されたアイドル閑夜捺も殆ど同時刻に祓ったれ本舗の五条悟との兼ねてからの付き合い、そして結婚を報告。阿鼻叫喚、時に笑いあり。そんな人生の一歩を踏み出した売れっ子芸人五条悟はこれからどんな生活を営むのだろうか"……だってさ」
「五条くんがあんな報告するなんて私全然知らなかった……」
「ま、アイツ顔ファンも多いから良いんじゃない。で、感想は?」
「……白スーツも似合ってるね……?」
「……アンタら案外バカップルだよね」












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