プロムナード!






周りのグリフィンドール生が派手なスーツを纏う中、黒一色のシンプルなそれに身を包んだ俺は足早に扉へと向かって行く。途中前髪をオールバックに撫で付けた灰原と目が合って「わ!めちゃくちゃカッコいいですね!」と晴れやかな褒め言葉を投げ掛けられたのに、当たり前だ、と一蹴し、足早に寮を出た。階段には相手との待ち合わせまで時間を潰している生徒が溢れ返っていて歩き辛い。毎回視線を向けられるこっちの身にもなれよ、と悪態を吐きながら俺は彼女との約束の場所へと歩を進めた。





ホールの入り口脇に背中を預けて楽しそうに会場に入って行くカップル達を見つめた。付き合って長い奴ら、初めて知った奴ら、顔ぶれは様々であるが、何方もが豪華な服装に身を包んでおり、幸せな笑顔を浮かべている。ご苦労なことだ、と息を吐き出して軽く袖を捲り腕時計を確認する。……捺と決めた時間まであと10分。まだそれなりに余裕はあるが、この空気の中一人で佇むのは哀れに見られそうで面倒だ。俺だって今日は相手がいるんだっつーの、そんな気分で睨み返してやれば蜘蛛の子を散らすように逃げて行く馬鹿どもに舌を出す。これで引き下がるくらいなら最初から絡んでくんな。







「……よし、」






ぱちん、と指を鳴らして一息。手元に真っ赤な薔薇の花が一輪現れるのを確認してから、もう一度指を鳴らす。こんな魔法を練習する自分が本当にくだらないと思いつつ、それでもやっぱり何度か試してしまうのは男のサガみたいなものだ。カッコつけたい、失敗したくない、そんな思いは俺じゃなくても皆持ってるだろ、多分。魔力の出力は問題ない、俺にとってはマッチに火を付けるより簡単だ。大丈夫、たった一度指を擦り合わせるだけ、それでいいんだ。無茶をする必要はな……






「っ、ごめん、待った!?」






ボッ、と鈍い音を立てて俺の手が触れていたカーテンが一瞬で燃え上がる。甲高い誰かの悲鳴に現実に戻され、慌てて消火したものの、目の前に立つ彼女は突然の光景に目を白黒させている。……が、俺にはそんなのどうだっていい。細くて白い肩を惜しみなく見せるAラインのドレス。深みのある葡萄なような色合いが落ち着いた彼女らしさを滲ませて、胸元に咲いた細かな花とレースがアクセントになっている。前と後ろで長さが違う裾はフレアタイプで薄い透き通った布が幾重にも重なり、華やかなボリュームが生まれていた。……綺麗だとか美しいとか、そんな言葉では到底足りない。黙り込んだ俺を見上げる彼女はいつもよりふわふわと丸くなった毛先を揺らして不安そうな目を向ける。何か、言わないと、そう思えば思うほど喉が詰まって上手く声が発せられない。奥歯を噛み締めて少し震える手で"パチン"と勢いよく指を鳴らした。なにも言えないくらいなら、そんな想いを込めたけれど、現れたのは練習通りの棘が抜かれた一本の薔薇ではなく、俺が両手に抱えてやっと持ち上げられるぐらいの"とてつもない大きさの花束"だった。





「っわ!?」
「……っ、な、」





薔薇の匂いが辺りに充満する。血を吸い上げたかのように真っ赤に咲き乱れる薔薇の数は最早数える事すらできなくて、ご、ごじょうくん!?と慌てて支えようとする彼女にどんどん思考がショートしていくのを感じた。失敗どころの騒ぎじゃない、何でこうなった。力み過ぎて魔力を押し出しすぎた?それにしても酷い有様としか言いようがない。一瞬無感情になりながらもう一度、咳払いをしながら冷静に親指と中指を擦り合わせ、今度こそ一本の薔薇に戻ったそれを彼女に手渡した。ダサいとかそういう次元を通り越している気して最早何を取り繕えばいいのかすらも分からない。折れそうなプライドを奮わせて「……今は持てないだろうから、一本にしといてやるよ」とあまりにも、な言い訳を零すと、捺は数度瞬きをしてから楽しそうに笑い「分かった」とそれを受け取った。……そう、受け取ってくれたのだ。最悪馬鹿にされる未来すらも想像していた俺にとって彼女の行為は意外なもので、思わず目を見開いたが、これは機会だと捺の左手を半ば掴むように握る。手汗を不安に思いつつ「いくぞ」と我ながら不器用に吐き捨てた俺に彼女は小さく、それでいて確かに頷いた。







「楽しかったね、五条くん」
「……まぁ、そうだな」







時計の針が始まりから2周ほどした時間帯。少し疲れが見えた彼女を会場から連れ出して、人気の少ない廊下の方へ向かった。プロム会場にいた知り合いからは散々揶揄われたし、特に傑と硝子は指を刺しながらゲラゲラと笑っていた。今度覚えとけよと堂々と中指を立てた俺に困り笑いを浮かべていた捺だったが、流石に後半では他のグループの視線を受けるだけでも息を吐き出していたし、無理をさせてしまったかもしれない。それでも穏やかに笑って「楽しかった」そう言ってくれる彼女に救われている。







「……五条くんはやっぱりかっこいいね」






ぎゅっ、と直接心臓が握られるような感覚。突然なんだよ、と返した言葉が動揺で裏返りそうなのを必死で抑えた。彼女は相変わらずの微笑みで、ずっと思ってたから、と素直に答える。こんなにも真っ直ぐに相手への好意を伝えられるだけ捺は十分カッコいい女だと思うが、きっと本人に自覚はない。俺も、言わなくては。そう思えば思うほどに照れ臭さが助長され、中々喉が震えない。クディッチの試合よりもNEWTの勉強よりも、俺にとっては彼女を褒める事の方がよっぽど難しい。緩やかなラインを描く輪郭も、柔らかそうな唇、どれもがひどく可愛らしくて触れたくなるのに、それを伝えるのは簡単なことではない。じっと彼女の瞳を見つめる。ドレスも相まって妖精のような出立ちの捺の周りに美しい自然が芽生え……って、は!?






「え、ええと、これも五条くんの魔法……?」






気づいた時には俺と彼女の真上には丸く葉を絡めた植物がのびており、何ともわかりやすいハートを描いている。ぽつぽつと小さな実が生っているこの木の名前を知らないほど、俺は無知ではない。ばっ、と勢いよく振り返った先にはヒラヒラと手を振る硝子と杖を持った傑が立っていた。この悪戯の正体はアイツらか……とひと睨みしたが、確かにこれは、チャンスかもしれない。唾を飲み込んで呼吸を整えた俺は捺の両肩にそっと触れる。驚いたように目を見開いた彼女を見つめて一言、俺は意を決したように尋ねた。







「……今はクリスマスじゃねぇけど、ヤドリギの下に立つ男女がすること、知ってるか?」






丸い水晶玉みたいな瞳が大きくなり、彼女の頬に紅が差す。その顔を見る限り、俺も少しは期待してもいいんだろうか。









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