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シャリーの涙がようやく引っ込むと、お互いに自己紹介をする。
ルフィをテーブルに招き、シャリーは下を向いたまま身の上をぽつぽつと話す。
まだ三分の一も話していないところでルフィが遮った。

「んなことどうでもいいよ!俺は石にならねぇ!」

どーんと言い切ったルフィに、シャリーは口をパクパクとさせてしまう。

「ど、どうでもいいて言ったって、石になっちゃうんだよ。魚も動物も、人間も、みんな石にしてしまうんだから。ルフィがそう言ってくれたって、勝手にそうなっちゃうんだからっ」

かつて両親から聞いただけだが、シャリーは人間をも石に変えてしまっている。
変えたくてそうしたわけではもちろんないが、悪意がないからといって何をしてもいわけではない。

――人を石になんてしたくない。

何度普通の人間になりたいと願っただろうか。シャリーは悔しくて唇を噛みしめる。
それなのに、どうでもいいだなんで、あまりにもひどい。

そんなシャリーを他所にルフィは続ける。

「食うためにも、したいことを成すためにも、俺だって何回も人間も動物も倒してる。そんな気にしなくてもいいんじゃねーか。かっちょいいじゃねーか!メデューサの目!」

そう言ってにししっと笑うルフィのあまりの呑気さに、シャリーは力が抜ける。

「それによ、化け物はお前だけじゃねーよ。見てろよ」

ルフィの言葉に顔を上げると、シャリーに背を向けたままルフィは立っていて、そのまま手を伸ばした。
…ただ伸ばすという表現で合っているのかシャリーは困った。
それは想像を遥かに超えた伸び具合で、窓から外まで何メートルも伸び続ける掌の先はどう頑張っても見えなかった。

「…ゴムみたい」
「ああ。俺はゴムゴムの実を食ったゴム人間だ」

胸を張って言うルフィに、シャリーはどうして、と思う。
どう見ても普通の人間じゃない。どうしてそんなに明るく自信を持っていられるのだろうか。

ずっと森の奥に引きこもっていたシャリーは悪魔の実なんて存在は物語の中でしか知らず、自分と同じように怖がられるだけのものだと思っていた。
だけど、大好きな冒険活劇に出てくる主人公も異能な力で敵をばったばったと倒してきていた。

目の前に立つゴム人間も、主人公なんだ。
お話の主人公たちのように思うと、石にしてしまう目の恐ろしさも少しは薄らぐような気がした。

少し元気になったシャリーに気を良くしてか、ルフィは今までの冒険を話して聞かせる。
滅亡に向かう国を救ったり、空や海での不思議な出来事、まるでおとぎのような島々の話に、シャリーはすっかり打ち解けて声を出して笑う。
夢物語だと思っていたそれは、誰かの体験談だったのかと思うほど、この海は広く様々な事象に溢れているらしい。

「この海にはさ、おもしれぇことがたっくさんあるんだ!」

ルフィの声音もシャリーに劣らず弾んでいて、冒険を心から楽しんでいると思わせるのは簡単だった。

「そうだ、お前俺の仲間になれよ」

さっきまでとなんら変わらないテンションで唐突に言われた言葉に、シャリーの脳はついていかない。

「な、なんて?」
「仲間になれよ。俺の仲間はそんなことで怖がらない。冒険、楽しーぞ!」

メデューサが仲間なんてかっちょいいしな!ナミやチョッパーは確実に怖がるだろうことを失念しているルフィは、冗談ではなく本気で誘っていた。
冗談ではなく、真面目に誘ってくれていることにシャリーは胸を弾ませたが、ううんと頭を振る。

「ルフィたちが怖がらなくとも、石にしてしまうのは私が怖い」

無意識的にも石にしてしまうこの目は、命を消す凶器だ。
目の前にいる温かいルフィも、その仲間も、シャリーは石にしたくなかった。

「俺は強ぇから、お前がこっちを見そうになったら避ける!」

不可能に聞こえることでもルフィが言うと真実味を帯びるのはなぜだろうか。
思わず頭を上げて、ルフィの方を見ようとしてしまった。
そして、ふわりとハーブの香りがしたかと思えば、目元が柔らかいリボンで覆われる。

「よし、巻けた。それしとけば見えねーから安心だな!」

シャリーが目元に手を伸ばしたそこには、ルフィが酒場の女給にもらったリボンが巻かれていた。

突如として襲う暗闇も怖くない。動物は嫌うが、シャリーが慣れ親しんだ大好きなハーブの香りが漂ってきて思わず微笑んでしまう。

「シャリー、もう怖がらなくたっていいんだ」

大きな手に包まれて、シャリーを森の奥の小さな家から広い世界へと誘おうとする。
ルフィと一緒であれば、冒険譚にも劣らない突飛で素敵な冒険ができるだろう。
この手を掴んだ素晴らしい未来への期待を夢見て、シャリーはやっぱりううん、と頭を振った。

「誘ってくれてありがとう。とっても嬉しかった。けど、私はここにいたい」
「なんでっ!それじゃお前、また一人じゃねぇか」
「そう。だけど、川のせせらぎも、柔らかい土の感触も、森の木々のこすれる音も、庭のハーブの匂いも、私は大好きなの。捨てられない」

今までずっと生きていた場所だ。人との関わりはなくとも、素晴らしい自然はシャリーの心を慰めて、彩りを添えてきた。

それに海へと乗り出すのは、やはりちょっと怖い。
変わりにシャリーはお願いをすることにした。

「ねぇルフィ、海賊王になって海を一周したら、また会いにきてくれない?」
「おう!もちろんだ!」

笑って答えてくれたルフィに、シャリーも心からの笑顔がこぼれる。
温かい人間に触れたことで、ルフィがいつか会いにきてくれると言ってくれたことで、それだけでシャリーはもう孤独ではなかった。
ハーブの香りのするリボンの向こうを見て、シャリーはルフィに出会えて良かったと心から思った。

その日ルフィはシャリーの家に泊まり、空が白むまでたくさんのことを話した。
あっという間に時が過ぎ、日が完全に昇る前にルフィは船に戻ると言う。

家の前で二人は最後の別れの挨拶を交わす。

「出航を見送れなくてごめんね」
「気にすんな。じゃあシャリー、またな!」

にかりと笑う音のあと、ルフィの走り去る音が聞こえてきた。
立ち去る背中を見送りながらシャリーは思う。
ルフィが海賊王になっていつかこの島に戻ってきてくれるときには、新たな楽しい話がいくつも増えているのだろう。それまでは、ルフィが迷わずにこの森にたどり着けるまで、ここでずっと待っている。

家に入る前に、夏色の風がシャリーの頬を撫でていった。
目を覆うリボンも一緒に、ふわりと揺れた。



20200521.END