ルフィが家の中に立ち入ると、少女、シャリーがうずくまっていた。
「おい、大丈夫かよ」
心配して抱き起そうとするも、ルフィの手は払われる。
「見ないで!」
拒絶の言葉を放つシャリーに、ルフィは背中にかけた手を降ろす。
「そんなら見ねぇよ。な、火種もらえねぇか」
「えっ?」
通常ならぬ様子を気にしないただの呑気な頼まれごとに、シャリーはようやく冷静に考えられようになってきていた。
顔を隠してただうずくまっていることに驚きもせず、普通の会話を投げかけられた。
火種…少し考えてシャリーは問いに答える。
「暖炉の上のカゴに、マッチが入ってる」
「そうか!ありがとう!」
なんでもないことのように少年、ルフィはずかずかと家に入りマッチを取る。
「ついでにナイフも借りていいか?」
「う、うん」
シャリーが頷くと、ルフィはそのままキッチンに向かい、勝手にナイフを取っていく。
そしてドアまで戻ると、
「じゃ、オレ肉焼くから!」
そう言い残してルフィは家を出る。
シャリーが恐る恐る顔を上げてドアの外を見ると、少し向こうに置かれていた鹿と熊に向かって行くルフィの姿が見えた。
――さっきの、動物たち。
自分が石にしてしまった動物を食べようというのか。
シャリーは目を合わさまいように窓から動向を見守っていると、毛や内臓の処理を軽く終えて肉を焼きだす様子が見えた。
――固くてじっくり煮込まないと、不味くて食べられないのに。
久しぶりに見る人間の様子が気にならないはずがなく、シャリーは拒絶した相手をこっそりと見続けた。
やがて肉の香ばしい匂いが家の中まで届いた。香りとは裏腹に、こんな短時間焼いただけでは固くて歯すらも通らないことをシャリーは知っていた。
お腹が空いているだろう彼はどうするだろう。
そんなことを考えていると、ルフィの大きな声が聞こえてきた。
「うんめーー!熊肉うめー!」
細い身体のどこに入ったというのか。焼かれた熊はどこにもおらず、残っていたのは鹿肉だけであった。
「うそでしょ…」
「あ、お前も食うかーー?」
あの大きい熊肉が一瞬で消えるという信じられない光景に思わず絶句すると、外から誘いの声が投げかけられる。
先ほどの、人に怯えた自分のことが気にならないのだろうか。普通であれば、様子のおかしい人間の相手なんかするわけがないのに。
「別に、いらない」
窓越しに答えるとわかったと言う声が聞こえ、瞬きをすると鹿の姿はなくなっていた。
再度シャリーがぽかんと呆けてしまっていると、今度はずかずかと断りもなくルフィが家に足を踏み入れてきた。
シャリーは咄嗟に後ろを向いて目を瞑る。
――見たらだめ…!
石にしてしまうことを恐れての判断だが、人の気も知らないでなぜこの人は勝手に土足で踏み入ってくるのだろう。
思わず見ず知らずの相手に苛ついてしまう。
「もう、出て行ってよ」
「なんで?」
後ろを向いているために様子はわからないが、彼の気の抜ける呑気な声にシャリーは苛つきを越えて惨めな気持ちになってきていた。
――だって、だって、
「目を見ると石になってしまう」
両親から何度も聞いた呪いの言葉を伝える。
信じられなだろう本当の話。どんな反応をするだろうか。
怖がる?怯える?憤る?怒る?不安がる?
目をさらにぎゅっと瞑って冷たい言葉を投げかけられる覚悟をする。
シャリーを襲ったのはそのうちのどれでもなく、
「やったーー!っつーことはお前がメデューサか!?」
笑い声と共に振ってきたのは歓喜と期待の雑じる声だった。
後ろを振り向かないままパチパチと瞼を瞬かせる。
――なぜこの人は喜んでいるの?
目を掌で覆ったまま、シャリーはそろりと向き直り相対する。
「…そう」
恐々と答える。声は震えていて、足もがくがくとしてくる。
どんなに好意的な反応だったとしても、人にこの能力を知られるのが、怖い。
怖さも怯えも憤りも怒りも、そして不安も、それはシャリーが自分自身に抱いている感情だった。
震える声はいつしか涙を伴っていて、誰とも知らない人の前で泣いてしまうだなんて、困るだろうなとシャリーは思った。
「そりゃ怖ぇよな、けど泣くな」
シャリーの頭をぽんぽんと撫でたあと、ルフィはそっと傍に居続けてくれた。
近くに誰かがいるというのは、こんなにも安心できるものなのだろうか。
長い間触れられることのなかった暖かい人肌は、シャリーの涙腺をなぜだかもっと弱くした。
20200521