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「いやー、思ってたよりこの森すっげぇ広いぞ」

女給に無理やり森までの道のりを聞くと、ナミたちと別れた足でルフィは島はずれの森に、メデューサを探しにきていた。
女給はどうしても行くと言って聞かないルフィに魔除けのハーブの香りがついたリボンを渡してきた。ポケットに突っ込まれたリボンの効果が発揮されたのか動物すらも出会わなかった。
だが人の立ち入りを歓迎していない森の木々はルフィの行く手を阻み、獣道すらも途絶えてきた。気にせずずんずんと歩いてきてしまったが、前も後ろも緑一面となってしまい、ルフィはどちらに行こうか身体の向きをくるくると変えることになってしまった。
ふとした折、小鹿がルフィの足元を駆けていった。

――ぐるるるる

腹の虫が鳴った。
酒場を出てから歩きっぱなしでそろそろお腹が空いてくる時間帯だ。

「おい!そこの小鹿、待てぇー!」

ルフィが走りながら腕を伸ばしたとき、小鹿が何かに頭をなすりつけるように身を寄せていることに気が付いた。
近づいて見ると、大人の鹿が倒れていた。おそらく小鹿の母親だろう。
母鹿が目を見開いて死んでいることに対して、ショック死か何かだろうかと思う。固いのは死後硬直だろうか。
ルフィにとっては肉はなんでも焼けば食べられる。

「お前の母ちゃんか。一人でも強く生きろよ」

小鹿の頭を撫でてやりながら、母鹿を焼いて食べようと抱え上げたとき、奥に黒くて何か大きいものが倒れていることに気付いた。

それは獰猛に牙を剥いた熊の死骸だった。今にも襲ってきそうな臨場感のある表情をしていながら、すでに心臓は動いていない。
草食動物の鹿ならともかく、森の食物連鎖の頂点に立つ熊の不自然な死に方に、ルフィもさすがに違和感を持った。

――狩人が森に入ると、石になった動物を発見するとか。

さっきの女給の言葉を思い出す。
鹿も熊も、メデューサの仕業だろうか。
恐ろしさではなく、好奇心から身体を震わせ、ルフィは笑う。

「ってことは近くにいるのか!わくわくしてきた!」

とりあえず腹ごなしだ、と鹿と熊をまとめて抱え上げて火種探しにかかることにした。

***

物心がついた頃からシャリーはこの力を持っていたという。

両親は森の入り口に建てた小さな一軒家で暮らしていた。二人は贅沢はせずに慎ましく暮らしながらも幸せに暮らしていたという。
あるとき母親はシャリーを妊娠した。父親と揃ってそれはそれは喜んだという。
おそらく一番平和で幸せな時間だっただろう。
順調に母は臨月を迎え、島の多くの住民と同じように自宅に産婆を呼んだ。
元気な産声を上げる赤ん坊を取り上げ、両親に手渡そうとしたとき、産婆は言葉の途中で不自然に口を止めた。赤ん坊を腕に抱えながら微動だにしない産婆の様子は、明らかに異質だった。
同席していた父親は、産後の疲れで息も絶え絶えな母親を落ち着かせ、自分も落ち着くために一呼吸する。
ふと、忘れかけていた言葉が蘇ってきた。

――この島には昔、メデューサがいたんだよ。目を見ると石になってしまうからね。

気を付けるんだよ、と何かにつけて話していた祖母の言葉だ。
迷信だ、と母も自分も笑って気にしていなかった言葉は遠い日の記憶としてすっかり忘れてしまっていた。だが石のように動かない産婆を見て、嫌でも祖母の言葉が現実味を帯びる。
近くにある柔らかい布を手に取り、目をぎゅっと瞑ったまま赤ん坊に布を覆いかける。
自分の目をそっと開くと、疲れ切った自分の妻に、石のような産婆、そして耳に届く力の限り泣き叫んで主張をする自分たちの赤ん坊。
父はこれからどうしようか、と途方に暮れたという。

産婆は森の奥に丁寧に埋葬した。
一部の島民が姿を見せないことに心配の声を上げ、父母も何か知らないか、と尋ねられたというが、シャリーを取り上げたあとに帰ったというと納得して帰って行った。
一日ほど捜索がなされたが、独り身で年老いた産婆のことは日が経つにつれてみんな忘れていった。

森の入り口から奥に奥に行ったところへ住処を移し、化け物のようなシャリーを父母は愛情深く育てた。
いつだってシャリーには目元を隠すリボンが巻かれていた。外してほしいと懇願したこともあった。

「目を合わせると石になってしまう」

何度も何度も口酸っぱくそれを言う両親を困らせたいわけじゃなかったから、いつしかシャリーは受け入れて、目隠しをつけた生活にも慣れていった。

父母とシャリーは世界に三人だけで、慎ましいながらも幸せな生活を送っていた。
それでもシャリーが年頃になった頃。無理な生活が祟ってか母は他界し、後を追うように父も亡くなった。
本当に世界に一人ぽっちになってしまったが、シャリーは気にしないように努めて森での生活を続けていた。

誰かを石にしてしまうより、一人の方が余程いい。
人間だけでなく動物にまで作用してしまうため、ペットを飼うこともできず、一人の寂しさは本の世界で補っていた。
好きな話は冒険活劇。歴史書も医薬書も生活雑書も、家にあるものはなんでも読むが、とくに好きなのは冒険物だった。
滅亡国家を救うヒーロー、空の上や海の底での摩訶不思議な話、おとぎの国を旅する主人公。
心を彩るそんなお話達はシャリーを慰め、いつか誰かが孤独から救い上げてくれるんじゃないか、と一抹の希望を寄せさせてしまう。

甘い妄想だなと頭を振り、このお茶を飲み終えたら先ほどの動物たちの骸を埋葬しに行こうと決意する。
そのとき、

――トントン

と今までに聴いたことがない音を耳にした。
家の戸が叩かれる音だ。
まさか。とシャリーはびっくりして飲みかけのハーブティーを机上にひっくり返してしまう。驚いて声も出せず、ドアの向こう側を探るようにただ戸だけを見つめる。

「おーい、誰かいねぇのかー?」

呑気な声の主はそれから何度か「おーい」と声を投げかけてくる。

――どうしよう。どうしよう。

おろおろとするばかりで、ドアを開けるか、引き返させるか。何も決められずにいる。

今までに誰か来たらどうするか、だなんて考えたこともなかった。
だって森の奥の辺鄙な家を訪れる物好きも、森の捕食者を倒して来られる力を持った者もいなかったから。
だからシャリーは孤独に平穏に、今まで暮らせてこれたのだ。
シャリーの焦りを他所に、

――ガチャリ

ドアノブを回す音がした。

「待って!」

シャリーが静止の声を上げるのも気にせず、相手はそのままドアを開けた。



20200521