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「ええっ、メデューサがいる!??」

とある春島に到着した麦わらの一味。ルフィ、ナミ、チョッパーは必要な物資の買い出しを終えて、酒場で情報収集を兼ねた休憩を取っていた。
島の特産のハーブを効かした酒は鼻に抜けるようで美味しいという。
チョッパーにはハーブティーを、あとの2人は評判だという酒を注文し乾杯する。
夏が近づく季節はこの島のハーブの旬で、確かにとても美味しい酒だった。
喉を潤し盛り上がっているときに水を差したのは、店の女給仕の一言だった。

「そうなんです。街はずれまでまっすぐ行くと、人気の全くない森があるんですけど、そこにメデューサがいるっていう噂で」
「それ本当?誰か見たって言うの?」
「いいえ。見たら石になってしまいますから。けど狩人が森に入ると、稀に石になった動物を発見するとか」

疑いの声を上げたナミに、女給は説明をした。広いグランドラインでは確かにそんな能力を持つ者がいても全くおかしくはない。

「へー。面白そうだな」
「何が面白いのよ!見たら石になっちゃうのよ!」
「こ、こえ〜〜、おれ、会いたくね〜〜」

怖がるナミとチョッパーとは裏腹に、ルフィは面白そうなことを聞いたとばかりに、にししと笑う。
問題ばかりを引き寄せる自らの船長にナミは嫌な予感を抱く。

「ルフィ、あんた会いに行くとか言わないわよねっ?」
「いや!見つけてくる!」

どーん!と言い放ったルフィにナミはため息を吐き、チョッパーは「ええ〜〜!?」と声を上げる。
やはりそうなってしまうか、と顔に手を当てながらナミはルフィに告げる。

「…はぁ、そう言いだすと思ったわ。けど探すのはログが溜まる間だけよ!いい?」

先ほどの女給に尋ねると、この島のログは二日で溜まるという。
見つからなければ大人しく出航すると約束だけは取り付けることに成功する。

「ルフィ、すげーな!見つけたら話聞かせろよな!」
「おう!仲間にするか!」

キラキラとした目をしながらねだったチョッパーだったが、仲間にするという話には全力で反対するのだった。

***

メデューサがいるという噂のおかげでほとんど誰も立ち寄らない森は、昼でも鬱蒼としていて少し気味が悪いと感じるだろう。
幼い頃から住んでいる森だから、少女シャリーは暗さも薄気味悪さもなんのその、気にせず家までの道に足を進める。

もうあと数分で家に着くだろう。
森を抜けたところにあるシャリーの住む家は、拓けた敷地に建てた手作りのログハウスだった。
今日は香りの良いハーブを見つけたから、摘みたてのお茶を淹れよう。居心地の良い自宅まで早く帰ろうと急いでいるとき、シャリーは道に横たわる何かを見つけた。
ひっと恐れる声を上げさせたそれは、石のように固くなった動物の死骸だった。
石のごとく固いだけで、肉は肉である。貴重な食材になるそれを、シャリーは何度も頂戴してシチューにぶち込んだことがある。
それでも、何度見ても気持ちの良いものではない。
放っておいても、山猫なり熊なり野生動物が処理をしてくれるだろう。
はぁとため息をついたあと、シャリーは視界に入れないように目を伏せて、そのまま自宅への帰路についた。

香り立つ熱々のハーブティーはシャリーのお気に入りであるが、先ほどの光景がどうにも拭えず後味の悪さを感じてしまう。目を瞑ると屍の横たわる様が浮かんくる。

少しの間考えたあと、

――よし、決めた。

底の見えかけたカップの中身を飲み干して、シャリーは動物を埋葬しようとスコップを持って家を出た。

少し暗くなってきた夕方の頃、シャリーは動物の元へとたどり着いた。
一度手を組んでお祈りをしたあと、辺りの土の中で柔らかい場所にスコップを差し込む。無心でその作業を繰り返し、あともう少しで掘りあげ終わる、というところでシャリーは何かの気配を感じとった。

人だろうか。
だけどこんなに奥深くの森には狩人も中々立ち寄らない。
かさかさと近づく物音の方へ身体を向けてシャリーは身構える。
葉の影から姿を見せたのは、それは大きな熊だった。

動物の骸からはまだ死臭は出ていない。臭いをたどってきたのではなく、たまたまであるだろうが、シャリーを獲物と認識したのか熊は獰猛な雄叫びを上げる。

――いっそ家まで逃げ帰ろうか。

一瞬の間にシャリーはそんなことを考えたが、行動には移さなかった。
背中を見せて逃げる自分を熊は襲ってくるだろう。そもそも、シャリーの足では逃げ切れない。
覚悟を決めて、熊に相対する。
鋭い犬歯を見せつけながら、熊はシャリーに勢いよく襲い来る。
牙だけでなく、字のごとくまるで熊手のような長い爪も致命傷となり得るだろう。

ザシュッと空気を掻き切るような音が聞こえた。
もう爪先が身体をかすめるだろうという近さで、シャリーはまっすぐに熊の目を見つめた。熊の目には、ただただ怯える自分の姿が映っている。
恐怖と緊張で自らの身体は強張り、その場の空気さえも固まったとシャリーは思った。
だが恐ろしい熊は先ほどまでの勢いをその場で殺し、襲い来るその姿勢のまま固まった。
目の前の熊はまるで石のように固まってしまっている。

強張った身体から緊張を溶かして、シャリーは大きなため息を吐く。
それは自分の命を守れたことに、相手の命を奪ってしまったことに。
石にした原因の目を、瞼の上からそっと触る。

シャリーは、島民がメデューサと呼ぶ異能の力を持つ女だった。

――今は動物を埋葬する気にはなれない。

自嘲めいたため息をもう一度一つ吐き、シャリーは力なく家に戻っていった。



20200521