普段から綺麗にしてある部屋を、ご主人様は朝からもう1度掃除をする。どうやら今日はお客様がくるみたい。
わたしがこの部屋に住んでから初めてのことだから、なんだかそわそわしてきちゃう。
部屋をうろうろしていると。
「たまこの毛ぇも落ちてるし、コロコロさせてな」
とわたしを抱きあげたかと思うと、すとんとベッドに落とした。
ふん、そういうことだったら大人しくしてあげるわ!
ご主人様の様子を見ながらわたしはそのまま丸くなった。
30分くらい経った頃に、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。
ご主人様が出迎えて、部屋に招き入れる。
「いらっしゃい、岳人」
「お邪魔するぜ!」
ご主人様が岳人と呼んだ人間のオスは、赤い髪が綺麗だった。
そして、わたしに見せるような少しリラックスした目を、ご主人様は彼に向けていた。仲良いのかな。
2人はしばらくの間、話をしていた。
テニスというこの部屋の端にも置いてあるラケットとボールのスポーツの話が多かった。
テニスボールで遊んでもらうのは好きだけど、お話だけで全然構ってくれないのはつまんない。
ねぇ、ご主人様遊んでよ。ねぇねぇねぇ。
話を遮るように割り込むと。
「にゃーにゃー言ってどうしたー?この子が前言ってた拾い猫?」
「そう。たまこっていうねん。可愛いやろ」
ご主人様はわたしを膝の上に抱っこして、頭を撫でてくれる。
うっ、遊んで欲しかったけど、撫で撫ででもいいよ…!
撫でられながら2人の話を聞く。
「可愛い名前つけたな。なんか意外」
「そう?昔読んだ小説に出てくる女の子の名前やねん。ほら、岳人も抱っこしてみ?」
ずいっと岳人の前にわたしは突き出された。
ねぇ、誰よ。近いよ。ご主人様の抱っこがいいのよぅ!
「わー、この子、侑士がいいんじゃね?ほら、シャーってすげぇ鳴いてる」
「あらあら、ほんまやなぁ。俺以外に全然人に会わんから緊張しとるんかな」
「侑士部屋に人呼ばなさそうだもんな」
「そやなぁ」
1度ふぅと息を吐いてから、ご主人様はわたしを見つめる。
「岳人は友達やねん。たまこも仲良うしたって?な?お願い」
少し困ったようにそう言う。
ご主人様にお願いをされてしまったからには仲良くするしかないじゃない。
そろそろと岳人に近づき、そのままぴょんっと膝に乗る。ふむ。座り心地は悪くはない。
わたしはそのまま丸くなった。
「たまこええ子やなぁ」
「うおー侑士!めちゃめちゃ可愛い」
「やろ?岳人おやつあげる?」
「お、いいのか?あげたい!」
そう言ってご主人様はわたしのおやつや玩具が詰まったカゴに向かう。
ご主人様から岳人におやつが手渡され、そのままわたしの口元に寄せられる。
うーん、いい匂い!美味しそう!
けどわたし、ご主人様に食べさせて、もらい、たいんだから!くぅ。
「おー、食べてくれた!かわいいっ、もっと食べてみそ!」
結局欲に負けて食いついてしまった。もそもそと口を動かす。あぁ美味しい。
「次は遊んであげる?玩具あるねん、はい」
岳人はわたしのお気に入りの玩具、猫じゃらしを持ってゆらゆら揺らす。
あーあー、気になる、さわりたいーー。
じゃんぷっ。
「惜しい!たまこ、もっと跳んでみそ!」
思わず跳びついてしまった。なかなかやるじゃない!
そのまま岳人の思わく通りに遊ばされ、夕方帰る頃にはまんまとわたしは手懐けられていた。
ご主人様と一緒に玄関まで見送る。
ね、もう帰っちゃうの?ねぇねぇ。まだ遊んでいきなよ。
「気ぃつけて帰りや」
「ありがとなー侑士。次来るときはたまこにお土産も持ってくるからな」
「たまこも最初は嫌がってたのに、すっかり懐いてもて。みぃみぃ寂しそうやわ」
「侑士が気にいるのもわかる気がする」
「やろ」
お邪魔しましたーと言って岳人が帰ると、賑やかだった部屋が静かになって、わたしの声が響くような気がする。
「ほな、そろそろ俺らもご飯にしよか。用意するから待っとってな」
ご主人様は岳人がいたときにはしてくれなかったぎゅーをたっぷりとしてくれて、最後のおまけに顔をすりすりしたあと、満足したのかキッチンに去って行った。
うん。岳人も楽しい人で好きだったけど、わたしはやっぱりご主人様が好き。ぎゅー好き!
ご主人様についていって、キッチンの入り口でちょこんと座って待つ。
ご主人様って呼ぶの長いから、わたしも岳人みたいに侑士って呼ぼうかな。
ねぇ、侑士。
「どしたんたまこ」
何もないよ。呼んでみただけ。
「可愛いなぁ、好きやで」
わたしも、大好き!
20200514