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たまこと出会ってから10年以上が経った。

拾った当時はまだハタチにもなっていないガキの時分だったが、医大も卒業し、研修も無事に終えて、そろそろ一人前の医者になったんじゃないかと思う。
今でも責任や仕事にしんどくなることだってあるが、学生の頃や研修の頃に比べるとなんんてことはないと思えるくらいにはメンタル面も成長した。

そんな若かった頃のしんどい俺を支えてくれたのは、いつもたまこだった。
疲れて家に帰ったときにたまこを見て、触れて、癒される。
友達や彼女ももちろん大事であるが、誰よりも長い時間を過ごしたたまこに、無償の安心感を感じていた。
それは出会った頃から感じていたけど、年々増していってるように思う。

ガキだった俺が成長して歳を取ったように、たまこも歳を取った。
ねこのたまこにしちゃあ、10歳以上なんて歳はこんなに可愛くても立派におばあちゃんねこなんだろう。
俺にはできない華麗なジャンプや身のこなしも、ピーク時に比べると緩慢になったと思う。
いつも傍にいることで気づきにくい老いは等しく誰にも訪れ、たまこにとってもそうだった。

食欲が落ちたり、動きが鈍かったりと、少し目を逸らしたかった部分もあるが、俺に一番の衝撃を与えたのが、動物病院で告知されたことだった。
確かに食欲が激減し痩せてきたように感じるが、まさか余命宣告を受けるだなんて。
先週まで普通に動き回っていたのに。嘘やろ?
信じられなくて乾いた笑いすら出た。

それからすぐに配属されてから一心不乱に働いていた科の上司に、しばらくの休暇を申請した。とても嫌な顔をされたが、ほとんど手を付けていない有給を使用する権限は俺にだってあるだろう。

前よりも甘えん坊になったたまこを日がな1日可愛がる。日向ぼっこが好きなたまこをくんくんと匂うと、太陽のいい香りがする。

岳人が遊びに来たよな、勝手に逃げ出したこともあったよな、旅行に行ったよなだなんて過去の思い出話をしながら手はたまこの身体を撫で続ける。

ずっと一緒にいたから楽しさも悲しさもたまことは共有している。
だが、たまこがいなくなったら俺はどうしたらいいんだろうか。
信じられなくて想像できない。いや、考えて現実にするのが嫌なだけなのだろうが…。

甘えて擦り寄ってくるたまこを朝も昼も夜もかわいがる。
今まで何千回と繰り返してきたたまこの身体を撫でるこの行為も、もうあと幾回もないのだろう。

たまこが俺の腕に手を伸ばす。力が入らず届かないようだったから、手持無沙汰なその腕でそのまま抱きしめる。

一生忘れるはずもない顔を、それでも脳裏に焼き付けようとして、俺はたまこの顔をじっと見つめる。
心臓がぎゅっと掴まれたようで、鼻の奥がつんとしてくる。かろうじて涙は出ていないようだが。

老いたたまこを不安にさせたくないから、いつも通りに振る舞う。
いつも一緒にいてくれてありがとう。俺のところにきてくれてありがとう。家族になってくれてありがとう。
そんな本心は心に置きとどめて、シンプルな一言を伝える。

「たまこ、大好きやで」

そう言うと、なんだかたまこは幸せそうに「にゃあ」と一鳴きした。

目を開けてるのもしんどいのか、瞼は今にも落ちそうである。
たまこがいつも眠るときに言う挨拶を、変わらず今日も伝える。

「たまこ、おやすみ」

不思議と声は震えなかった。
たまこの閉じられた瞼と口元は幸せそうに笑んでいる。
俺の声は、届いただろうか。


20200526