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その日は朝から雨が降っていた。

大学での講義を受け終えて、その日も帰り着くのは夜も更けた時間帯だった。
朝から出ずっぱりの講義で身も疲れている上、夜まで降り続いた雨は俺の心までどんよりとした気持ちにさせていき、まさに心身ともに疲れていた。

最寄りのコンビニで牛乳だけを買う。
食欲もあまりないし、ホットミルクでも飲んで今日はさっさと寝よう。
そうして賃貸のマンションまで帰ってきたとき、どこからか小さな声がした。
それはザーザーと降る雨にかき消えそうな小さな声。
気のせいかとそのままマンションに入ろうとしたとき、もう1度さっきの声が聞こえてきて、気のせいではなく、どこかで誰かが、もしくは何かが声を上げている、と確信した。

きょろきょろと視線を彷徨かせながら、歩いていると、マンションの裏の垣根の下元に段ボール箱が置いてあるのを見つけた。
今度はしっかりと声が聞こえる。にゃあにゃあと上げる鳴き声はねこだ。
濡れ段ボールの中を見ると、やはりそこにはねこがいて。思わずしゃがんで中を覗き込んだ自分としっかりと目が合った。

小さなねこは濡れて寒そうに震えながらも、目は爛々と光り、意思の強さをうかがわせた。
目線を外すことなく、先ほどよりも大きな声でにゃあ、と鳴いたねこは「連れて行って」と言っているようで。
全くあきらめずに生にすがる様子は、小さい身体ながらも勉強ごときで凹んでいる自分なんかよりも、よっぽどすごいと思ってしまった。

幸い自宅はペット可物件だ。今は先住猫も先住犬もいない。アレルギーも持っていない。
ここで命を見放なんて、医者を志す者として失格だと思った。
気づいたときには自分の手が小さなねこを抱え上げていて、少しでも早く温まるようにと、自分の胸にねこを優しく押し当てていた。
子ねこは嫌がる様子もなく、じっとしている。
3階の自室に戻って清潔なタオルで身体を拭いてやると、ねこはまるで「ありがとう」と言うように、にゃあと鳴いた。

コンビニで買った牛乳をお皿にあけて、レンジで温める。
ねこの前に置いてやると、そろそろと近づいて匂いを嗅いでいる。
そして恐る恐るぺろ、と舌で1度舐めると、そのあとは勢い良くぺちゃぺちゃと舐めだした。
元気のある様子にほっとして、自分の分も温めたホットミルクのカップに口をつける。

こんなに可愛いのになぜ捨てたのか。
理解できないことを考えても答えは出ない。
美味しそうにミルクを舐める子ねこに問いかける。

「お前、うちの子になる?」

ねこは舐める口を1度止めて、「うん!」と言った。
正確にはにゃあと声を出しただけだが、自分にはなんだかそう聞こえた。

「ねこ飼いだすときって何したらいいんやろ、調べなあかんなぁ」

いつの間にかこの子を飼うことは決めていて。
なんて名前にしようかとすら考えていた。
そうだ、中学のときに好んで読んでいた恋愛小説に出てきた女の子の名前にしよう。
どこにでもいそうだけど、芯が強くて、主人公のことが大好きな女の子。最後には主人公の男の子と結ばれてハッピーエンドを迎えていた。

「たまこ、これからよろしくな」

心身の疲れなんてとっくに消えていて、ただこの子は自分が幸せにしてあげようと、そう思った。

1日の終わり、今日もたまこと一緒に布団に入り、いつも通りの夜を迎える。
たまこと出会ってからもう何年か経っていて、一緒に寝るのは習慣になっていた。

「たまこ、今日も可愛いわぁ」

背中のもふもふとした毛に指を通す。
出会った頃と比べると、たまこの身体は何回りか大きくなっていた。
どこにでもあるような平凡な出会いだったが、今ではたまこのいない生活など考えられない。
こうやって温かい身体を抱きかかえて眠る夜が前よりも好きになった。

「たまこ、好きやで」

にゃあ、とたまこが一鳴きした。


20200518