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ピピピっと鳴るうるさい目覚まし時計をわたしの手が止める。
うるさいなぁ。もう少し寝たいんだから。
あともうひと眠り、と侑士の身体に身を寄せて落ち着いてから気づく。
侑士の背中まで回される腕、太ももあたりに絡ませるわたしの足、おまけにしっぽの感覚が全くない。
はっ!と驚いてしっぽ、足、お腹、手と順番に見て、最後に自分の手で顔を触る。

え、え、え、うそ、

「にゃああああああああ」
「どしたんたまこ、朝からねこみたいな声出して」

いつも大きい侑士がわたしと変わらない目線にいる。
ごしごし目をこする侑士は寝ぼけていて気付いていないかもしれないが、わたしの姿を見ればきっとびっくりするに違いない。
というか、わたしもまだびっくりしすぎてよくわかっていない。
一体全体どういうこと!?
慌てて布団から這い出して、洗面台に向かう。
鏡を見ると、そこには人間のメスがいて、こちらを見ている。
わたしが腕を上げると彼女も上げるし、頬っぺたを押さえると、やっぱり頬っぺを押さえる。べーと舌を突き出すと、鏡の中も意地悪そうに睨んできた。

どうやら受け入れるしかないようだ。
やっぱり、やっぱり、

「わたし、人間になってる???」

なんで?どうして?昨日寝るまでは絶対ねこだったのに。
朝起きたらこうなっていたなんて。寝てる間に魔法でもかけられたのか、はたまた宇宙人にさらわれて改造されちゃったのか。
わからなくってうんうん唸っていると、侑士がわたしを呼ぶ声がした。

「ちょっと待って!」

と返事をしてから気づく。わたしが普段話している言葉とはもしかして違う?
だったら、侑士は今の声が誰か怪しむよね?
どうしよう、侑士に嫌がられちゃう。

さーっと背中を嫌な汗が伝っている気がする。
どうしようどうしよう。
洗面所でうろうろしながら考えるけど、焦ってるからかいい考えなんか出てこない。
がちゃっと音がして、ドアが開く。

侑士と目が合った。

「あ、あのね、」
「おはよーさん、たまこどないしたん?」
「え、えっ?」
「なんか顔青いし、気分悪いん?」

おでこをこつんと合わせてから。

「熱はないみたいやけど…」

と侑士は考え込む。
侑士と目が合った瞬間、終わった、と思ったけど、不審に思われてないみたい。

「だ、大丈夫だよ」

となんとか答える。

「ほんま?ならええけど。朝ごはんは食べれる?」
「うん」
「ほな用意するな」

侑士はぽんとわたしの頭に手を置いてから、キッチンへ向かった。
手際よく準備をしてからわたしの前に出てきたのは、ごはんに味噌汁に、サバの味噌焼き!
身体に悪いからって人間と同じご飯を1度も食べたことないわたしは感動してしまう。
手を合わせてからいただく。

「すごい、おいしい!!」
「たまこはほんま美味しそうにごはん食べるやんな。作り甲斐あるわ」

にこっといつもの柔らかい目をして侑士は笑う。
けどいつもと違うのは目線の高さ。
見降ろされずに、同じ目線で微笑まれると、なんだかどきどきしてしまう。
無意識に緊張してきたとき、侑士が「あ」と呟いて顔を近づけてくる。

近い、近い、もうちゅーしちゃうよ。
思わずぎゅっと目を瞑ると、唇の端に柔らかい感触がくる。
柔らかいのが離れてから、そっと目を開けると。

「ごはん粒ついとったで」

とぺろりと唇を舐めた侑士がいた。

「な、な、!?」

びっくりしすぎて言葉が出ないわたしを見て侑士は笑う。

「たまこ、お前顔真っ赤やん。どしたん、もしかして照れたん?」
「も、もう!そんなに笑わないでよぅ!」

まだ笑い続ける侑士に怒るけど、ごめんごめんと言いつつまだ笑い終わる様子はない。
しばらくして笑いのツボがおさまると、もう一回ちゃんとごめんと謝ってくれた。

「たまこ可愛いなぁ。朝からずっと見てられるわ」

ぼっと顔が赤くなるのを自分で感じた。
毎日可愛いって言ってもらってるけど、人間だとこんなに違うものなのかな。
照れをもう隠そうともせず侑士を睨む。

「名残惜しいけどそろそろ大学行かなあかんわ」
「なんか侑士だけずるい、そんなに笑って」
「いつものことやろ?」

玄関先まで見送りにくれば、いつもみたいに侑士はまた頭をぽんぽんと撫でた。

「ほな、行ってきます」

そして最後にちゅっと唇をわたしに押し付け、そのまま出て行った。
構える隙もなく、しかも今度は端ではなくしっかり唇に落とされた。

え、わたし今、ちゅーされたの?ほんとに?
力が抜けてへなへなと玄関に座り込む。
なんとかベッドまでたどり着くと、布団に潜り込んでどきどきを醒ます。

こんなの毎日されてたら心臓がもたないよ。
人間ってすごい。
…けど、侑士とこんな毎日が送れるのはとっても幸せ。
帰ってきたら何をしようかな。
幸せな想像をしている間に、気づいたらわたしは寝てしまっていた。

「ただいま、たまこ。まだ寝てるん?」

ゆさゆさと身体を揺すられるのと、耳元の甘い侑士の声でわたしは起きる。

「今日は寝坊助さんやったなぁ」

ぱちぱちと目を瞬かせて侑士を見る。
というより見上げた。
ぱっとお尻を見ると、いつものふさふさのしっぽがある。

ああ、なんだ、夢かぁ。
恥ずかしかったけど、本当じゃなくて、すごく名残惜しい。

残念だけど貴方は人間で、わたしはねこ。

「たまこ、どんな夢見とったん?」

あのね、すっごく幸せな夢だよ。


20200518