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夜ごはんの時間になっても侑士たちは帰って来ず、結局わたしは謙也のベッドで1匹で寝た。
久しぶりに人肌に触れずに眠るのは、少し寂しい気分がした。

階段をぎしぎし言わせながら登ってくる音が聞こえたから、眠い目をこすりながら身体を起こす。
きっと侑士たちだ!
ぱっと時計を見ると4時すぎ。もう朝じゃんか!
部屋に入ってきたのは謙也だけだったので、その隙にドアを通り抜け、侑士の匂いのする客間に向かう。
布団にうつ伏せで寝転がる侑士の上に飛び乗ると。

「んー、たまこ?」

枕に顔が押し付けられているからくぐもっていて聞こえにくい。
しかも、いつかみたいにお酒の臭いがしていてとっても臭い。

「かまったるって言うたのに堪忍な、寝かせてー」

そう言い残して侑士はもう意識を落としていた。
侑士の嘘つきー!大阪なんて全然楽しくない。
結局その日は2人とも夕方前まで寝ていたし、起きたかと思えばシャワーを浴びたあと、侑士は大きなキャリーを玄関まで押して行っていた。
次はどこに行くの?
カルガモの子どものように侑士の後をついて行くと。

「たまこ、ほんまごめんな。日本帰ってきたらたくさん遊んだるから。謙也んとこでええ子にしとって?ほんまは昨日帰ってきてたまこと過ごすつもりやったんやけど…」
「まぁまぁ侑士、俺がいるから大丈夫やって。心配せんと海外旅行楽しんでき!」
「謙也にも、おじさんにもおばさんにも、迷惑かけるなぁ」
「関空でトランジットする便なんやろ?たまこうちで預かるんは逆に嬉しいし、全然ええっちゅー話や。ほら、関空まで送ったるわ。はよ行こ」
「謙也、まだ時間余裕あるで?」
「あほ!さっさと行っといたらええやん。手続きも1番に済ませられるやろ」
「ほんませっかちやなぁ。ほな、たまこ行ってきます」

全然話についていけないわたしを置いて、侑士は行ってしまった。
2人の話を頭の中でぐるぐる考えるとやっと分かってきた。
海外旅行に侑士が行っている間、わたしはどうやらこの謙也の家で預かられるらしい。
謙也はなんとなく侑士と似た匂いがするし、おばさんも遊んでくれて好きだけど。
わたしは侑士と一緒にいたいよ。

侑士を送り届けて1人で帰ってきた謙也は、その日からたくさんわたしにかまってくれて。一緒に遊んでいるうちに、いつの間にか日にちはたくさん過ぎていった。

謙也のお腹の上で眠るのにも慣れたし、謙也の高速猫じゃらし振りはわたしが今まで出会った人間の中で最高に上手い。

「たまこほら、おいでー。おやつあげるからな」

謙也の腕の中で差し出されたおやつをもぐもぐと食べる。
顎の下をくいくいと掻かれて、気持ちいい。
食べ終わったあとは謙也に抱きしめられながら、一緒にベッドに寝転がる。

「かわええなぁ。食べちゃいたいくらいや」

はむっと耳を食べられた。わたしの毛が持っていかれそうでじたばたするけど、謙也の腕はがっしりとわたしのお腹に回されている。
耳を食べたあとは、背中、お腹とはむはむ食べられる。
ねぇ、くすぐったいからやめてよー!

「な、たまこ侑士んとこ止めて、うちの子になる?」

にやっとした瞳を向けられると、なんだかひっ!と毛が逆立ってしまった。
緊張しているわたしを気にもせず、謙也の手はわたしの身体を撫でまわす。
どうしたらいいの!?
混乱して自分のするべき行動がわからなくなってしまっているとピンポンと、インターホンの音が聞こえてきた。

「残念、ご主人様のお迎えや」

謙也に抱っこされながら1階に降りると、大きなキャリーを持った侑士がいた。

ぴょんっと謙也から侑士の腕に飛び込む。
一瞬びっくりした顔をしたけど、なんなく侑士はわたしを受け止めて、そのままわたしの背中を撫でる。

「侑士おかえりー、連絡くれたら迎えに行ったったのに」
「MKで帰ってきたし大丈夫やで」
「ふーん。あ、もう明日東京帰るんやんな。ちょっと休んだら土産話、聞かせてなー」

謙也が行ってしまって、客間には侑士とわたし、1人と1匹だけ。
やっと帰ってきた!やっと会えた!
侑士がいない大阪は全然わくわくしなかったよ。
嬉しくて嬉しくてずっと侑士の顔をぺろぺろと舐めてしまう。
侑士ー!侑士ー!
たくさん名前を呼んでると、侑士はくすくすと笑いだした。

「たまこに会えて、やっと帰ってきたって感じするわ」

長かったもんね。待ちくたびれたよ。

「これから臨床研修始まって忙しくなるやろけど、頑張れるわ」

ぎゅっと抱きしめたまま、侑士はただいま、と最後に耳元で言った。
おかえり!
わたしはいつもどこにいても、侑士の帰りを待ってるよ。


20200518