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(榊と跡部とピアノのレッスンの話)

優秀な跡部に任せられるからか。榊は元々テニス部にあまり顔を出さない。全国へ導く優秀な監督ではあるが、本業は音楽講師であり。業界でも有名な榊に師事を受けたいと願う子女は五万といる。

「ゆずゆ、3小節目のフレーズが少し走っている。感情を込めると走りがちになるから注意しなさい」

幸運にも榊の教えを受けるのは、天才ピアノ少女、芥川ゆずゆ。
氷帝学園幼等部の頃に才能を見初められ、小学校からは国内随一の芸術に特化している一貫校に通っていた。小学校から高校までの一律校であるため、ゆずゆ自身も高校卒業までそこに通うと信じていた。
だが、ゆずゆを指導してきた先生が、持病を理由に引退するということで。先生の弟子である榊に師事を受けるため、氷帝に転入してきた次第だ。
学校は違っていても全国でも有名なゆずゆのピアノは榊も知るところで、更に自分の恩師である先生が手塩にかけていたとなると、尚更ゆずゆに対して榊も力が入る。
現在ゆずゆは週2日、榊から個人指導を受けている。部活も抱える忙しい身の榊だが、将来有望なゆずゆを自ら指導したいと進言した。また学園にとっても、ゆずゆがコンクールで優秀な成績を納めることは、名が売れて、喜ばしいことだと判断される。

「さぁ、もう1度いこうか」

陽が傾くまでゆずゆは集中して、一心不乱にピアノを弾く。第3楽章まで弾ききって鍵盤から指を離すと、ほっと息をつく。
図っていたかの如くタイミングで、ノックの音と失礼します、と男子生徒の声が音楽室に届く。

「監督、今日のテニス部の練習内容の報告です」

今お渡ししても、と尋ねる跡部に、榊はうむ、と言って片手で受け取る。
目を通す前に榊は跡部に聞く。

「いつから聞いていた?」
「第1楽章の終わりからです」
「そうか。どう思う?」

防音室と言えど、扉の近くではピアノの音は漏れ聞こえる。
一流の芸術に触れ、耳の肥えた跡部に榊は感想を申せと言う。

「ミスタッチが少なく、かなり丁寧に弾いているかと思います。もう少しメリハリを出せると尚良いかと思いますが」

ただ防音室越しですし、なんとも言えない部分もあります。正直な答えに、榊は頷く。
ゆずゆ本人も課題点を解っていた。気持ちを入れると走り気味になる。かと言ってスコアの指示通り丁寧に正確に弾くと、ドラマチック性にかける。
両方の課題を克服することが、目下の課題であると感じていた。
ゆずゆは練習終わりのお礼を榊に告げ、片付けを始める。
榊と跡部は報告書を見ながら練習メニューや、試合出場面子について話していた。
ゆずゆが帰宅準備を終えた頃、榊は跡部との話を切り上げる。

「太郎先生、ありがとうございました」
「失礼します」
「うむ。行ってよし」

榊定番の独特なポーズと共に2人は見送られる。

「もうすっかり暗くなっちまったな」
「景ちゃんも太郎先生に話があるのに、待たせちゃってごめんね」

歩きながら2人は話す。

「あーん?何ふざけたこと抜かしてんだ。んなこと気にせずお前はピアノを弾いてればいい」

口調は荒いが垣間見える跡部の優しさに、ゆずゆは口元を上げる。

「今度は扉越しじゃなくて、中で聴いて欲しいな」
「そういやゆずゆの演奏、しばらく聴いてねぇな」

特等席で聴いてやるよ、と跡部はニヒルに笑う。
約束ね、とゆずゆもつられて笑った。

「そういえばみんなは?」
「ジロー以外は帰ったぜ」

忍足と岳人は部活終わりに遊びに出かけたらしく、宍戸と鳳はストリートテニスで練習をするという。滝は用事があるらしく早々に切り上げ、樺地と日吉は何も話さなかったことから、まっすぐ家に帰っただろう。

「リムジンに突っ込んできたからな、どうせジローは寝こけてるだろう」

週2日の榊との個人レッスン日は、テニス部と終わる時間が殆ど変わらないため、ゆずゆとジローは跡部に家まで送り届けてもらっている。
リムジンで爆睡しているジローが想像できすぎて、ゆずゆは笑う。

月光が見守る校門前。回された手入れの行き届いたリムジンに、跡部とゆずゆは乗り込む。
予想通り、軽くいびきをかきながら、高級車で遠慮なく寝こけているジローの寝顔を見て、跡部とゆずゆは顔を合わせ、クスクスと笑った。

2人して乗り込むと、跡部はお気に入りのクラシックリストからBGMを選ぶ。
ベートーヴェンの美しい調べが、車中を包んだ。



20200426
ベートーヴェン ピアノソナタ14番「月光」