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(滝の思い出話)

「ゆずゆー、英語の教科書貸してっ!」

唐突にB組にやってきて、ジローがゆずゆから教科書を借りていくのは最近の日常茶飯であった。

「もー、また忘れちゃったの?お昼には返してね、5時間目が英語だから」

彼女が優しいのか、ジローに甘いのか。多分両方だろうが、ゆずゆは必ず教科書を貸す。
なかったらなかったで、ジローはさして困らない。教科書があってもなくてもジローは大体授業中は寝ているのだ。去年同じクラスだった滝は、それをよく知っていた。

「おっけおっけ。でさ、ゆずゆ、朝の話の続きなんだけどーー」

ジローはゆずゆに会いに、教科書を借りに来ている。滝はそう思っている。一緒に暮らしている家族なのに、毎日のように教科書を借りに来て。何をそんなに話したいというのか。
ゆずゆと過ごしていることが多い滝は、隣でジローの話を一緒に聞く。テレビの話、お菓子の話、跡部
と宍戸の話。こんなところが多いが、大体は中身がない。少なくともわざわざ教科書を借りるという大義名分を掲げてまで話にくる内容ではない。
それでも話にくるのは、ひとえにゆずゆがジローの大切な妹だからである。
双子のように相性が良く、双子ほど似通っている箇所はない。
天使の輪が輝く眩しい金の髪に、印象的な大きな瞳。似ているのはこのくらい。

家に帰ってからもこのテンションで2人は話すのだろう。滝は若干呆れつつもなんとも楽しげな様子のジローを見守り、あと少しだけ時間が経ったら、もうすぐ休み時間終わるよ、と声かけようと思うのだった。

遡ること10年前。氷帝幼等部年中組の頃。滝はジローとゆずゆと同じクラスだった。ついでに言うと跡部と宍戸も。
あの頃からジローは寝坊助で、ゆずゆは陽だまりのように柔らかく笑う少女だった。一方で滝は今より少し引っ込み思案で、少し内向的な性格をしていた。
もう間もなく年長組に進級するという頃、幼い滝は不安を抱えていた。
幼等部の顔である年長組にもなると、イベントも増えるし、年中少の友達を率いることも増える。
今となっては笑ってしまうような可愛い悩みだが、5歳の滝は進級に対して不安を覚えていたのである。クラス替えもあり、友達とも、先生とも離れ離れになってしまう。
少し眉を下げながら、ゆずゆちゃん、と話かける滝に。

「萩くん、大丈夫だよ。ゆずゆもジロちゃんも、同じ幼等部なんだもん。もしもクラスが離れても、仲良しだよ」

離れても、ゆずゆたちは萩くんに会いに行くよ、あ、けど同じクラスだったらもっといいなぁ、と続けるゆずゆに、滝は目をパチパチと瞬かせる。そして、ゆずゆから放たれた言葉を噛みしめる。
クラスが離れても仲良し。先生はそう言うが、信頼できる言葉ではなかった。大人の上面だけの言葉の重みを、子どもは敏感に感じ取る。だが、ゆずゆにそう言われると本当にそうであるかのような気がして。滝の心の不安なしこりは、少しずつ溶けていく。幼い子供にとっての言霊とは、計り知れない効果があるのだ。
結局年長組ではゆずゆ、ジロー、跡部、宍戸の4人は同じクラスで、滝だけクラスが分かたれた。
当時の跡部は今よりも俺様で、宍戸は今より粗野だったこともあり、滝は少しだけ苦手意識を感じていたから、それはそれでよかったのかもしれない。
約束通り、ゆずゆはクラスが離れても、たまに滝のところに遊びに来て。滝も年長の1年間で内向的な引っ込み思案な性格はなりを潜め、今の性格の土台なるものが出来たのだった。
ゆずゆは小学校は氷帝に進まず、別の私立小に行ったから、幼等部年中組以来の同じクラス。

「萩くん、お昼どうする?教科書返しにくるからきっとジロちゃんも一緒に食べることになるよね。亮ちゃんも来るかな」

5歳の頃となんら変わらない、ふわふわとした彼女の存在に、心が暖まるのを感じながら、滝は賑やかになりそうだね、と答えるのだった。



20200426