「おはよう」
「・・・おはよう研磨」
いつもと変わらないテンションで研磨は話しかけてくれるが、私はどうにもぎこちなくなってしまう。全ては昨日の動画のせいだ。そんな私を気遣ってか、研磨は努めて明るく振る舞ってくれる。優しい。
私よりも研磨よりも大分年上なはずなのに、昨日の男は人の嫌なことばかりあげつらう最低野郎だ。考えないようにしようとしたって、やっぱり考えてしまう。私は気分転換を図るために、お昼を食べたあと、散歩に出ることにした。
研磨の家に居候している今までも、散歩をすることはあったけれど。今日は考え事をしていたから随分遠くまで来てしまった。そろそろ帰ろうか、と思ったところに嫌な声が聞こえた。
「ラノちゃーん、返事くれなかったよねぇ?ひどくない?」
「あ、あなた、昨日の、」
「夜遅くまで待ってたし、電話もしたしメッセージもたくさん送ったのに無視するなんて。さてはブロックしたでしょ」
「・・・」
「ラノちゃんが無視するから、俺動画にするしかなかったんだよね。見てくれた?」
嘘つきめ。内心毒づく。メッセージを送ってきたときにはもうこいつは動画を上げていたんだから。
言い返したくなったけれど、私は研磨の言っていたことを思い出して、くるりと踵を返す。
「えっ、ちょっと、どこ行くの?」
「帰ります。ついてこないでくださいっ」
「いやいや、俺まだ聞きたいこととかたくさんあるし。待ってよ」
「嫌です」
「はぁ?ふざけんなよっ」
「いっ」
逆上してきた男は私の腕を強く掴んできた。
「少しくらいいいだろ!話しできるまで離さねーから」
「嫌って言ってるじゃないですか!」
ぎりぎりと強く掴まれた手首が痛む。
振り払おうとしても男の力には敵わない。
「いい加減にしてください!警察呼びますよ!」
「っち」
私が叫ぶと、ようやく手を離してくれた。
だが間髪入れずに私の襟元を掴んでくる。
「お前、本気で俺を怒らせたな?どうなっても知らねーから」
捨て台詞を吐いた後、奴は私を突き飛ばしてようやく解放してもらえた。
呆然としながら研磨の家に辿り着く。帰路にいたっては記憶が全然ない。
「ラノ、おかえりーって、え、何があったの?」
研磨によると私の顔は蒼白だったらしい。
リビングに連れて行かれ、私はぽすんとソファーに落ち着く。
真っ青な顔を見て様子がおかしいと思ったようだが、私の手首の痣を見て、研磨は顔を歪めた。そして無言のまま冷やしてくれた。患部の対処をしてくれたあとは、研磨も黙って座り、寄り添ってくれた。
それから長い沈黙がしばらくの間続き、ようやく落ち着いてから、私は重い口を開いた。
「実は、さっきまたあの男に出会って・・・」
「は?あの暴露系の?」
「そう・・・研磨に言われた通り、何も話さずに帰ってきたんだけど」
「手も、あいつに掴まれたの」
「・・・うん」
「さいっっあく。犯罪じゃん。警察に通報する」
誰かに連絡を取るためにか、立ちあがろうとした研磨の服を掴んで引き止める。
「待って。もうちょっと隣に居て」
「・・・わかった」
「ありがとう」
「お礼なんか言われる立場にないよ。むしろごめん。ラノのこと1番に考えるべきだったのに、先走って動こうとして」
「ううん。研磨が私のこと考えてくれているの知ってるから」
「うん」
膝の上に置いていて私の手の上に、研磨のそれが重ねられた。
2人ともそれからしばらく何も話すことなく、沈黙の時間が続く。それでも居心地のいい時間だ。落ち着く。
こんなことがあったけど、研磨がいたら私は大丈夫だ。
そう確信しながら、研磨の手を握り直して力を込めた。
研磨も手を握り返してくれた。
「本当はラノが高校卒業してから話そうと思ってたし、こんなときに言うのもなんだけど」
切り出された言葉に、少し身体がこわばる。
「おれ、ラノのことが、好き」
「・・・うん。私も、好き」
恥ずかしいけど、嬉しいな。俯いていた顔を上げて研磨の方を見ると、研磨も少し照れながらこちらを見つめていた。私よりも大人な顔つきに、きゅんとしてしまう。
私が研磨のこと好きだってこと、今まで筒抜けだっただろうから。なんだか気恥ずかしい。
「ラノのこと、ちゃんと守りたい。だから、付き合ってください」
「ぜひ、おねがいします」
そう言うと、2人で顔を見合わせて、えへへと笑った。あー私幸せだなぁ。いい雰囲気。
・・・ちゅーでもするかな。ちょっと待ってみるけれど、研磨にそんな様子は見られない。
じれったくなったから聞いてみる。
「ちゅーするかと思った」
「ラノはまだ明日まで高校生でしょ。卒業するまで手は出しません」
「ふぅん。紳士ですねぇ」
「・・・褒め言葉として受け取っておく」
「一応褒めてるよ」
恋人になったからといって私たちの空気感は特に変わらない。それが居心地良い。
研磨の肩にそっともたれながら、幸せを再確認する。胸の高鳴りで腕の痛みなんて全く感じない。
「あいつの処遇、どうしようか。おれは警察に連絡して、然るべき処置を取ってもらうべきと思ってるんだけど。ラノの気持ちも聞きたい」
「私、別にこのくらいの痣、親からの暴力で慣れっこだし、別になんてことないんだけどな」
「ラノの自己犠牲の精神、良くないと思う」
「そうかな。って、あ、研磨、携帯鳴ってない?」
この部屋ではない。別室に置いてある携帯のバイブ音に気付いたのはたまたまだ。
研磨は携帯を取りに行き、電話に出たようだ。
「はぁぁぁあ!?」
研磨の大声にびくんと身体を揺する。研磨のこんなに大きな声、初めて聞いた。
扉の向こうにいる研磨の心配をして、無意識にドアを見ていると、バタンと扉が開かれ研磨が現れた。
そして急いだ様子で私の肩や背中や首元や、色んなところを触って確認をする。
「な、なに?どうしたの?」
「まって・・・っとあった」
背中がわのブラウスのカラーの裏を触って何かを掴むと、研磨は苦々しくくそっと呟いた。
「・・・大丈夫?」
「・・・今までの会話、盗聴されてたみたい。で、生放送で配信されてるって」
えええ、一体どういうこと!?
20220817
超展開!駆け足でごめんなさい。