※大学生パロ、同棲設定


 午後から降水確率が上がるから、忘れずに傘を持って行くんだぞ。
 朝、玄関まで行ってからわざわざ引き返してきたジンくんは、確かにそう言った。休み明けの気だるい月曜日。行きたくなくなるのが目に見えているから、僕は講義がお昼からになるように時間割りを調整してある。そんな僕とは反対に、ジンくんは一限からぎっしり講義を詰め込んでいた。ジンくんが出掛ける頃に起きた僕は、ろくな返事もしないで見送ってしまったような気がする。
 だからというわけではないけれど、傘は持って来なかった。

「ああ、降ってきちゃった」

 申し訳程度に鞄で頭を被いながら、近くのパン屋のオーニングへ逃げ込んだ。静かに降りしきる春時雨は冬の間に溜まった埃を洗い流しているようで、去年の今頃は折角咲いた桜の花びらが雨で落とされてしまうなあ、なんて考えていたことを思い出す。そういえば、今年はまだ花見に行けてないなあ。
 一緒に暮らし始めてもうすぐ二年が経とうとしている。互いにひとりぼっちだった僕たちは大学入学を機にルームシェアを始めた。全体的に作りの小さい2DKの部屋は、大の男二人が生活するには少し窮屈に感じる。けれど、当時築一年も経っていなかった今のアパートは外観も良く、内装も白を基調としていて落ち着いた雰囲気があった。何よりバルコニーから覗く景色が最高で、まだ一つ目の物件だったにも関わらず即決してしまったのを覚えている。

「ユウヤ?」

 高すぎず低すぎず溶けるように心地よい声に名前を呼ばれ、空を見上げていた首を元に戻した。雨にかき消されることなく僕の耳へ届いた声の主を探して、藍色の折り畳み傘を差したジンくんを見付ける。今日も重そうな辞書をプラスチックのキャリングケースに詰め、持ち歩いているようだ。ショルダーの方に辞書をいれると重みでベルトが肩にくい込んで痛いって、言ってたっけ。

「ジンくん。今、帰り?」
「ああ」
「おかえり」
「ただいま。ユウヤもおかえり」
「ただいま、って言ってもパン屋の前だけどね」
「パンを買っていたのか?」
「ううん。スーパーで晩ごはんの材料を買ってたんだ。まあ、それでモタモタしてたから雨に降られちゃったんだけどね」
「傘は?」
「……えへ、忘れた」
「朝に言っておいたのに」
「ごめん、寝惚けてたんだ」

 ジンくんが困ったように笑うから、僕もつられて笑った。

「ねえ、相合い傘をして帰ろうよ」


 ■わざと傘を持っていかないの



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 大学のことはよくわかっていないので完全にわたしのイメージです……よくもまあそんなんで大学生パロにしようと思えたものです。
 素敵な企画に参加できて嬉しく思います。ありがとうございました。

せり






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