07


「じゃあ、僕は行ってくるよ。あとは頼んだよ」

いってらっしゃいませ、と見送れば、部屋のドアが閉まっていく。

手錠のようなものを初めてつけられた日から数週間が立った。あれからずっと、手首にある革製の何かは取られていない。まるでずっと前からそこについていたかのように馴染んでしまっていた。
代わりに、両手首とベッドを繋いでいたものは気付けば外されている。ただしそれもキョウヤさんが普通の時だけで、彼が豹変するときにはまた括り付けられてしまう。きっと私が意識を失った後に外してくれているのだろう。

結局あの日からこの部屋の外には出ていないから、キョウヤさん……彼以外の人とは全く会っていない状況だ。
最近はわりかし遅く家を出ることが多かったので、朝食はキョウヤさんが持ってきてくれていた。昼食は、そういえば食べていない。

今日は前と同じくらいの時間に出て行ったので、まだ私は朝食を食べていない。用意をする時間もないくらい慌てていたのだろう。起きた時に少し焦っている様子だったから、寝坊してしまったのかもしれない。

何はともあれ、まずは朝食だ。この部屋から出ない限りは多分朝食を食べることはできないだろうけど、もし部屋から出たことが彼に知られたらあとで何をされるか分からない。さすがに朝食、昼食と抜くのはつらいだろうから。

悩んだ挙句、ドアノブに手をかけてゆっくりと力を入れた。遅れて動いていく姿を何も考えず見ながら、わずかに空いた隙間をすり抜けて、久しぶりに部屋の外へ出た。



石造りの壁はとても冷たい印象があるのに、不思議と同じ壁のあの部屋とは違って暖かくすら思えた。記憶を掘り起こしながら廊下を進み、滅多に行ったことのないキッチンを目指す。
だけどやっぱりすぐに到着するわけもなく、迷ってしまっていた。

「……或音?」

後ろから濁りのない声が聞こえて振り向くと、そこにはソフィアちゃんが立っていた。

久々に見るキョウヤさん以外の人は新鮮で、どう話したらいいのか分からない。ソフィアちゃんとはもとからとても親しいというわけではないから、殊更に距離感を掴みにくかった。

「久しぶり、だね。あの、キッチンってどこだっけ」

殴られた痛みであちこちが痛くて、うまく声が出ない。話すたびに痛みが増すような感覚がした。

「こっち」

感情の読み取れない平坦な声とは裏腹に、ついてきてというように私の前を歩き案内してくれる。
しばらく歩いて曲がれば、すぐにキッチンに着いた。生活感の欠片も見えないそこはやけに温かい。見た目ではあの部屋のほうが人のいる雰囲気がするはずなのに。

大きな冷蔵庫を開けば、沢山の食材が目に飛び込んできた。これをどうすればご飯にすることができるのか、見当がつかない。すると隣に立っていたソフィアちゃんが中から卵を4つ取り出した。

「簡単なものでよければ、作るけど」

ああ、目玉焼きは生卵を焼いて作るんだっけ。そんなことまで忘れてしまっていた私を放っておいて、ソフィアちゃんは壁にかかっているフライパンと開きに置いてある油を取っていた。

お願いします、といえばすぐにフライパンと油が温められる。そこに卵が割り入れられるさまを、ぼーっと見ていた。

あっという間に目玉焼きが出来上がる。いつの間にか焼かれていたベーコンと合わせて、とても美味しそうだ。いつもと出来たものは変わらないというのに、食欲をそそられる。調理するところを見ていただけでこんなに変わるものなのだろうか。

「はい」

荒く切られた野菜と一緒に、目玉焼きが皿に盛られる。ソフィアちゃんにすべてやらせてしまうのも悪いと思い、せめてとばかりに水と箸を用意した。それを部屋にある小さめのテーブルの上に並べておく。するとすぐに目玉焼きの乗った平たい皿が並んだ。

そばにあるイスに座って、手を合わせる。

「いただきます」

醤油が少しかかった目玉焼きはとても美味しくて、私もこんな風に作れたら、とふと思う。ソフィアちゃんに作り方を聞けば快く教えてくれるかもしれない。

ねえソフィアちゃん、と話しかけようとすると、耳元に口を寄せられた。吐息が耳にかかってくすぐったいだなんて考えながら耳を傾ける。
何か大事な、それもあまり人には聞かれたくない話があるのだろう。

「或音。明日、キョウヤ様がいない間にエルフがあなたの部屋に向かう。それまでに必要最低限のものをまとめておいて」

息が遠ざかる。それってまさか、と言おうとしたところで、冷たい視線が飛んできた。

とにかくこれを食べてから考えよう。そう思い、箸を動かした。


prevtopnext




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -