04
今日もまた体に痣が増える。
以前より頻度が増えたのは、最近のお仕事の忙しさもあるのかもしれない。彼の手自身が腫れ上がりそうなくらい私を殴り、乱暴に私の服を剥ぎ取る姿はひどく哀れだった。
衝撃が走るたびに思い出す、優しいキョウヤさんのことを。
しっかり者のように見えてどこか抜けていて、だけどそれを悟られないように振る舞う聡明さ。そのせいか人に弱みを見せるのが苦手で、だからこんな風になるまで溜め込んでしまった。
痛いのは嫌だけど彼をこうしてしまった原因は私にもあるのだから、どうしようもできない。
「綺麗だよ、或音」
すっかり一糸纏わぬ姿となった私を見て彼が呟く。あちこちに痣がある体はけっして綺麗と言い難いはずなのに、まるで彼にはそれが見えていないかのようで。
そのまま彼の手が露わになった私の肌をなぞっていくと、傷口に指が来るたびに染みる痛みがした。
ゆっくりと、ゆっくりと手が下へ向かってくる。脇腹をくすぐられるように触れられ、体が跳ねた。
「怖いの?」
そんな私の様子に気づいたようで、彼は顔を覗き込んでくる。今更怖いなんて、そんなことは思わない。その旨を伝えると、優しく微笑まれた。いつものキョウヤさんの笑顔だ、と安心する。
「ごめんね。これ以上は、止めてって言っても止められないかもしれないから」
あくまで腫れ物を扱うような手つきで刺激を与えられると、今まで感じたこともないような感覚がした。
気持ちいいのにどこか怖くて、さっきの言葉を訂正したくなる。彼の手に身を委ねると、怖さよりも気持ち良さが勝っていった。
手が離れ、代わりに金属の擦れる音が響く。それが何かある程度察して、その先を考えてはつい顔が赤くなってしまう。
経験がない私に想像できることなんてたかが知れているはずのに生々しい姿まで浮かんでしまい、とっさに振り切った。
カチャカチャという音が止んだと思ったら、股のところに違和感を感じる。ここからどうするかなんて分かりきったことだ。むしろ今までこういうことがなかったのが不思議なくらいで。
彼がわずかに腰を進める。
「嫌っ!」
そこまで割り切っていたはずなのに、つい反射的に彼の事を突き飛ばしてしまった。ベッドの端に追いやられた彼の目が、ゆらりゆらりと揺れこちらを見てくる。せっかくいつものキョウヤさんに戻ってくれていたのに。
「どうして嫌がるのかな?ぼく、言ったよね。これ以上は止められないって」
やっぱりあそこで怖いと伝えるべきだった。そうすれば、こんなことにはならなくて済んだ。少なくとも彼に体を捧げる必要はなかった。
強引に手を掴まれて一纏めにされ、空いた片方の手で御構い無しに触れてくる。世間一般ではこれを愛撫と呼ぶらしいけど、私はこれに愛は見出せなかった。噛みつくようなキスも全て含めて、焦っている少年がするそれとは全く違っていた。支配、そういう利己的な感情が滲み出ていて、目をそらしたくなる。彼のことも大切にしたいけど、嫌で嫌で仕方がなかった。
声をあげようとしてもキスで塞がれ、逃げ出そうと暴れてもさらに強い力で押さえつけられる。このままいけばどうなるか、だなんて考えたくもない。触るのをやめた手が拳になり、高く上げられる。いつもと同じ痛みを覚悟して、瞼を下ろす。
すると、乱暴にドアが開かれる音がした。
「或音ちゃ〜ん、郵便……ちょっキョウヤ、何してんだよ……!」
目を開けつかつかとこちらに向かってくる姿を見ると、それはダビデさんだった。
ノックもせずにこの部屋に入ってきた時点である程度絞られていたけど、ついこの間の気まずい出来事から全く会っていなかったからすぐに思いつかなかった。
ダビデさんにしては珍しく動揺した様子で、今にも殴ろうとしていた彼の拳を無理やり下ろし私のことを逃す。私と彼の格好に気づいたのか一瞬戸惑ったのち、ベッドの下に落ちていた毛布を私に投げてくれたので、すぐにそれに包まった。
「ぼくと或音の邪魔をしないでくれないかな、ダビデ」
明らかに不機嫌そうな声が聞こえた。ダビデさんが私を助けてくれたのはありがたいけど、そっちに矛先が向かってしまったらと考えると恐ろしい。だけど私にできそうなことなんて見つからない。
「恋人っつってもさすがにこれは見逃せねえべ。とりあえず或音ちゃんは外に出てな」
二人の凄みに耐え切れず足を引きずるようにして部屋から出る。ドアを閉めるとエルフさんが立っていた。
「やっぱり。ダビデに行くなって止めたんだけど聞かなくて呆れてたら、まさかこんな事になってただなんて、もっと早く気づいてあげられたらよかったわね」
まるで見透かしていたかのような発言に目を丸くする。もしかしたらこの間の一件だろうか。
「とにかく、或音ちゃんはてる美のところにいなさい。場所は分かるわよね?」
頭の中が混迷として、もう何が起きたのか認識できなかった。とにかくてる美ちゃんのところへ向かおうと、無理やり足を動かした。
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