03


気がつけばもう昼近くで、枕元の机にはパンと冷め切ったスープ、そしてオレンジジュースが置いてあった。たぶんエルフさんが朝食を用意してくれたのだろう。
食べないのも悪いと思って、軽くトーストされたパンをスープで流し込む。小腹が空いている私にはちょうどいいくらいの量だった。

「起きたのかしら?」

スープの器を置くと、ドアが開く音とともにそんな声が聞こえた。
見るとドアのそばにエルフさんが立っている。手には湯気の上がっているおぼんを持っていて、そういえばキョウヤさんがそんなようなことを言っていたなと思い出した。

「お昼持ってきたんだけど、やっと朝ご飯食べ終わったばかりみたいね。ここに置いておくから気が向いたら食べなさい」

食べた後に残ったお皿とまだ温かいご飯の乗ったお皿が交換される。さすがに今すぐ食べるのはきついけれど、せっかく持ってきてもらったのだしなるべく冷めないうちにいただきたいと思った。

「ありがとうございます」
「このくらいいいの。あら、ここ腫れてるわ、どうしたの」

エルフさんの長い爪が私の頬を指す。つい肩が震えてしまって、不思議そうな顔で見られた。

「なんでもないんです、ちょっと転んじゃって」
「ちゃんと手当てしないと。女の子なんだから、顔に傷が残ったら辛いでしょ。今救急箱持ってくるから待ってなさい」

慌ただしく部屋を出て行き、すぐに救急箱を持ってまた部屋へ入ってきた。
消毒液の鋭い匂いのする綿が顔に迫ってきて、つい目を閉じてしまう。肌に液が染みて痛かった。

「ほら、あとはこれで冷やしておけば大丈夫よ」
「ありがとうございます」

簡単にお礼を言いとっさに布団をかぶってしまう。なんとなく気まずい空気が流れた気がした。

転んでぶつけたにしては器用すぎるような跡が残っているらしい顔も、あきらかに誰かの手でつけられたように見える腕や腹ももし見られたら何か悟られてしまう。
彼がしていることを知られるのが怖かったのだ。けっして報復を恐れての行動ではなく、本能だった。ただそれだけの理由で、私は肌を見られるのを拒んだ。
そしてそれを拒否と捉えたのだろうエルフさんは、何も話さず殺風景なこの部屋にただ佇んでいた。
間違って伝わってしまったかもしれないが今はそれがありがたい。聞かれたくないことを聞かれることが起こらないから。

沈黙を打ち破ったのは、不躾にもノックをせずに部屋へ入ってきたダビデさんだった。

「あっれぇ或音ちゃん、マジで体調悪いんだ。ごめんごめん」

あまり悪びれているようにはみえない謝り方で謝罪される。今はダビデさんのそんな無遠慮な態度が部屋の空気をすこし明るくしてくれたような気がした。本人はまったくそのつもりはなかっただろうけど。

「アンタね…せめてノックぐらいしなさい、キョウヤくんと或音ちゃんの部屋なんだから」
「大丈夫だって、今キョウヤいねえし」

一瞬だけドキリとしたけど、もちろんそれはノックをせず部屋に入ることへの非礼を言われないからという意味だとすぐ分かった。
まさか知っているはずがない、誰にも気づかれないよう隠してきたのだから。

掛け布団を持ち上げて小さな隙間をつくり、そこに立っている2人を見る。するとダビデさんが視界からいなくなり、気づいたら開けている隙間が突然薄暗くなった。それに驚いていると、私の顔に誰かの手が這っていた。

誰、と声にならない声で話す。不本意にも彼の手の感触が思い浮かんで、ぞっとした。まだ帰ってくる時間ではないのに。

「ん、確かに腫れてんな」

ついさっきまで聞いていたのと同じ声がして、やっと手が引いた。それに安心していると、いきなり掛け布団が跳ね上がった。
暖かい格好をしているとはいえ、さすがに布団がない状態では寒くてつい体を丸めてしまう。その拍子に長袖のパジャマがめくれ上がってしまい、かばうようにそれを隠した。

なのに一瞬だけ、2人と私の間に怖いくらい張り詰めた空気が流れたように思えた。

「バカ、何してんのよまったく……」

ダビデさんの手によって意地悪にもベッドから離れた場所に行ってしまった布団を、エルフさんがまた私の上に優しく掛けてくれる。私は子供がするように布団にしがみついて再び同じことが起きないようにした。

「……悪かったな」

珍しく真面目な声で謝るダビデさん。やりすぎてしまったと思ってもらえたならそれでよかった。さっきの一瞬で手足の傷跡が見えたわけでもないだろう、それだけが救いだった。

「気にしないでください、少し驚いただけですから」

そう愛想のよさそうに2人へ微笑みかける。普段あまりしない表情に頬が引きつるような感覚がしながらなんとか保っていると、さっきまでの真剣な様子が嘘だったのかのようにダビデさんはまた軽口を叩いてきた。

何はともあれ、気づかれていないのなら本当によかった。何もなかったかのように、彼に痣を作られる前と同じように、こうしてみんなと話ができるのなら。

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