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あ、また来てる。

真っ白な封筒に癖のある文字で書かれた住所を手でなぞり、早く読みたいと言わんばかりにハサミを探す。やっと見つけて端から手早く開けば、2枚の便箋が入っていた。差出人は、手紙の結びに書いてある。外に書かないことも気遣いのうちなのだろう。
肩から覗いているロキにも見えるように持ち替える。ごくシンプルなデザインの紙に書かれているのは、そのほとんどがキョウヤさんのことだった。
最近はこんなふうにして過ごしています、この間こんなことをしていました、今月は何回お医者さまのところへ行きました、だとか。
申し訳程度に、或音ちゃんは元気ですかなんてことが書いてあるのが通例だ。

この数年間、手紙は2ヶ月に1回途切れることなく届いていた。差出人はまちまちで、みんなが交代に書いているみたいだった。
こっちでの私の生活が一段落着く前に初めて届いたから、不審だったし開けていいものなのか不安だったことを覚えている。

最初の頃の手紙に書いてあった内容は、目も当てられないほど過酷な現実だった。

「キョウヤ様がまた暴れました。或音と一緒に使っていたシーツを破いてしまっていて、元に戻ったときとても悲しそうでした」
これはきっと、てる美ちゃん。

「パレスのガードロボを、キョウヤ様が壊してしまった」
これは多分、ソフィアちゃん。

「キョウヤがバディファイトのカードを捨てようとしていた」
これは確実に、ロウガさん。

一番多く手紙を送ってくれたのは、意外にもダビデさんだった。

一通だけ、「すまん」と書かれた手紙をも届いたことがある。それと、そっちまで行きたいという旨の手紙も来た。ダビデさんもダビデさんなりに、私のことを心配してくれていた。

今届いたばかりの手紙を書いたのは、エルフさんだった。エルフさんはキョウヤさんの状態について真面目に書いてくださるから、読む時には体が強ばってしまう。

「キョウヤくんのことだけれど、お医者さまの話によれば随分と良くなってるみたい。通院頻度もかなり減ったわ。
もうそろそろ、或音ちゃんと会ってもいいかもしれませんねですって。或音ちゃんはどうかしら、キョウヤくんに会いたい?」

相棒学園の地下に住んでいるときに言われた言葉と同じ問いかけ。でも今は、イエスと答えれば本当に会うことができる。

それまで手紙の返事はあまり出さないでとも書いてあったけれど、今回は返事を送ってとのことだった。引き出しから便箋と封筒を取り出して、ペンを走らせようとするもまったく動かない。私は一体、どうしたいのだろう。

糸のように絡まった思考は、突然のノックによって真っ白になった。

「或音?何かあったの?……ああ、例の手紙、届いていたのね」
「お母様。実は……」

手紙の内容と悩んでいることを、母に話した。突然現れた私に深く事情を聞くこともせず出迎えてくれた母ならきっと、力になってくれると感じた。

母は、話をする私に対して何度も頷き、終わると直ぐに私を抱きしめた。骨ばってしまった腕が、今までの苦労を表している。私だけでなく、両親も大変な苦難を乗り越えてきたのだった。

「辛いことがあったとはいえ、或音が好いていた方なのでしょう、後悔しないようになさい。無理だけはしないようにね。私も、できるだけのことはするわ」

聖母と呼ばれるような笑顔が眩しい。たくさん迷惑をかけてしまったのに、両親はずっと私のことを愛してくれていた。

ありがとう、と涙混じりの声で言えば、見慣れたレースのハンカチで目元を拭われた。私の髪を撫でる手つきには、深い慈しみが込められているかのようだ。

両親のもとについてからすぐに切った髪は、それから度々切っているためにまだ肩にもつかないほど短い。肌が外気に晒されるのを恐れていた昔とは大違いだった。

「……或音」

ロキが、私の名前を呼ぶ。今の状態に至るまで、この子にはとても迷惑をかけた。私を逃がしてくれたのはロキだし、最初にキョウヤさんのことをおかしいと言ったのもロキだった。彼に貰ったバディだったけれど、私にとって手放すことのできない存在となっていた。
それはロキ自身が私の大切なバディだということはもちろん、キョウヤさんと私を繋ぐ唯一のよすがでもあったから。

キョウヤさんのことが、今でも好き。会えることなら会いたいけれど、彼が強くなろうとしているのに水をさすようなことはしたくなかった。
涙でペンを握る手が震えた。溢れる感情は、手紙の文字に込めることにした。
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