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ここに来る前にロウガさんに買ってもらった衣服などを詰めた鞄を抱え、相棒学園中等部の校舎を向きなおす。
ここも短いあいだだったけれど、お世話になった。私が強くなれたとき、また訪れる。そう決意して、学園をあとにした。
「早かったわね」
「未練がましくなるのが怖くて早く出てきてしまいました。すみません、迷惑をおかけしてしまいましたか?」
「全然。待ちぼうけにさせられるよりはずっといいわ」
歩いて駅まで向かう。その足取りに、もう迷いはなかった。
数日前、私はソフィアちゃんから私の両親の居場所を教えてもらった。ソフィアちゃんのバディのアストライオスが見つけたらしい。豪奢な見た目をしたそのバディに礼を言い、すぐにエルフさんに相談した。
その場所まで行くには列車を何度も乗り継ぐか、船で最寄りの港に到着するしかなかった。悩んだ挙句電車を使うことになり、細かく乗り継ぎ方法や時刻表の見方まで教えてもらった。おかげでもう大丈夫、と太鼓判を押されるほどにまでなった。
傍から見れば家出でもしているように見える格好で、そう長くもない駅までの道のりを歩く。長いエスカレーターに乗ると、もう駅はすぐそこだ。一段落ついて一番下まで降りるのを待った。
「こんな急にごめんなさいね。キョウヤくんが相棒学園を買い取るだなんて言い始めたから、見つかるのも時間の問題だと思って」
「いえ、こちらこそ色々とありがとうございました。エルフさんの助けがなければ、こんな選択をすることもできませんでした」
この場にはいないけれど、みんなにもちゃんとお礼を言いたかった。でもそれは、次に会う時まで取っておくことに決めた。みんなならきっと、待ってくれる。
最下層が見えてきたので再び身構えて、鞄に付けているパスケースの紐を手で弄んだ。エスカレーターの段が床とひと続きになったところで、右足を踏み出した。これでもう、本当にさよならだ。
その時だった。
「或音……?」
懐かしく愛おしい声。間違いなく、キョウヤさんの声だった。その口が何度も私の名前を呼ぶ。進もうとしている方向の数十メートル先に、キョウヤさんはいた。金縛りにでもあったかのように、お互いまったく動くことができない。
エルフさんが私の手を引っ張ったところで、やっと我に返った。逃げなくては。
でも、キョウヤさんがそこにいる。駆け寄って、その温もりに身を委ねたい。たとえそれが、一瞬のものであったとしても。
「或音ちゃん!」
キョウヤさんが次第にこちらとの距離を詰めてきた。私は、エルフさんの手を振り切って彼に駆け寄った。
「キョウヤさん……」
彼を迷わず抱きしめた。ずっと彼に任せ続けていた私が、初めて自分から彼に何かをした瞬間だった。
「どうして部屋から逃げてしまったのかい?服に付けておいた発信機も、突然受信しなくなってしまっていたし。ほら、戻っておいで。君の居場所はエルフの横なんかじゃない、ぼくの隣だ」
怪しさと狂気を孕んだ感情が、私の腕の中で渦巻いていた。そう、私の居場所は確かにあなたの隣だったかもしれない。けれど今は、そうじゃない。またその場所に戻れるようにするために、私はあなたから離れる。
彼から滲み出る負の感情を吸い取るかのように、キスをした。私からの初めてのキスだった。
「ありがとう、キョウヤさん。さようなら」
溢れそうな涙を必死で堪えて、彼を離した。
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