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彼の苦しみはどこにいくのか。それが、唯一といっていい心配事だった。

私がキョウヤさんにしていることといえばそういった感情を受け止めることしかなかったから、むしろそれ以外に私がいなくなって困ることはないだろう。
しいて言えば、私とキョウヤさんの関係を知っている人にどう説明するかということくらいだ。

「精神科医やカウンセリングに頼るわ。そういうことはその道のプロに任せておいて、或音ちゃんは何も心配しなくていいのよ」

精神科医。カウンセリング。つまりそれは、第三者が介入すると言う事を指す。
キョウヤさんの立場からいってもあまり望ましいことではないし、もし世間に発覚してしまったら臥炎財閥そのもののイメージが下がりかねる。そんなことが起こるくらいなら、このままでよかった。

「あちらもそれを生業にしてるんだもの、クライアントのことなんて外に持ち出したりしないわ」

私の思いが見透かされていたのだろう、そう断言される。そうはいってもやはり、心配なものは心配だった。

「本当に、そうなんですか?」
「当然よ。何なら、実際に或音ちゃんが見て確認してもいいし」

キョウヤさんの今後を任せるべき人。それほど重要な人を私が選択していいのだろうか。
エルフさんは、或音ちゃんにしかできないことだと言う。本当にキョウヤくんの回復を望むならそうしなさい、とも言われた。みんなの前では優しくたくましいキョウヤさんが、彼自身をさらけ出せるような人。

悩んだ挙句、私はエルフさんが探し出したひとりのお医者さまと会うこと決めた。学園から3駅ほど離れた場所まで行く必要があったけれど、先方のお気遣いのおかげで誰にも見られずにクリニックへ到着することができた。

人目につかないような構造になっている小道を経由し、完全に向こうが見えなくなっているドアを開く。眼鏡をかけた初老の男性が、私を迎えてくれた。名前を確認され、中へ通される。

穏やかながらもどこか厳しさのある眼差しを感じながらゆっくりと話し、思いの丈をさらけだした上で方針をうかがう。
専門的なことは全くわからないのだけれど、この方が信頼できる人だということだけははっきりとわかった。これなら、キョウヤさんもきっと。

学園の地下部屋に戻りエルフさんへ自分の意思を伝える。キョウヤさんを、あのお医者さまにお願いしたいと。エルフさんはとても喜んでくれた。それと同時に、今後の私の行き先についても話した。

「何度も言っているけれど、或音ちゃんをキョウヤくんから遠ざけることは絶対なの。でも或音ちゃんの場合、ご実家は超東驚だし危険でしょう。それで、あの小屋はどうかしらって思うのだけど。ほら、ダビデが前に住んでいたところ」

その小屋のことは今も明確に覚えている。私をあの場所から連れ出していただいたときに住んだ、複雑な道を抜けた先にある家々のひとつ。結局あのときは私が全てを台無しにしてしまったけれど。

「……でも、あの場所はキョウヤさんに見つけられています。たとえ分かりにくい場所とはいえ、あまり良いとは思えません」

考えるより先に口が動いた。こんなに自らの考えを主張したのは初めてかもしれない、というくらい、強い口調だった。

「そうね。……或音ちゃん、変わったわね」

エルフさんが昔を懐かしむかのような表情をしながら言う。それまで自己主張ができなかった私が、ここでやっと自分を示すことができたからだろう。

「それほど変わっていませんよ。キョウヤさんが完全に回復するまで会わない方がいいのならと考えたまでです」
「いえ、とても変わったわ。少なくとも、私が或音ちゃんと初めて話したときよりはずっと。この間お医者さまに会いに行って、胸のつかえでも取れたのかしらね」
「そうかもしれません。彼を治療してもらうつもりが、私まで変えてもらえるだなんて思ってもいませんでした。たった数時間、話をしただけなのに」
「そういうものよ。随分と肝が座ったわ」

褒め言葉、なのだろう。見た目や初見の態度で誤解されがちなキョウヤさんの友達だったけれど、私にはとてもよく接してくれた。もうみんなにも会えないのかと思うと、残念だった。

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