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キョウヤさん、もとい彼のこと。別人のようなふたつの性格。それらを説明するには、極めて医学的な言葉が必要で。
解離性同一症。それが、彼にくだされた病状だった。

簡単に言えば、多重人格と呼ばれるもの。辛いことを回避しようとして、心がそれを切り離そうとする。彼の症状はその中でも一番重いもので、切り離された感情などが本来の性格とは別に成長して表れるということだった。

「解離状態に陥りやすい境遇というものがあるのよ。幼い頃に強いストレスを受けたりするとこうなりやすいんだけど、キョウヤくんは小さな時から総帥となるべく教育を受けてきたでしょう。それに、あんな大災害も目の当たりにした訳だし」

キョウヤさんの両親のことを、私は存じ上げていなかった。私が物心ついたときには臥炎財閥の総帥は既にキョウヤさんで、それ以上探ろうとすることもなかった。誰だって、勝手に詮索されると気分が悪い。そう考えた私の、精一杯の気遣いだった。

「優しい親御さんだったんだけどねぇ。まあ、どうしようもないことよ」

私が何も知らないことをうっすらと察したエルフさんは、どっちつかずにその話を終わらせた。

たとえキョウヤさんがどんなに辛い過去を背負っていたとしても、暴力は正当化されない。エルフさんは私にそう言い聞かせた。
本当にそうなのだろうか。今まで誰にも出してこなかった彼自身を、私の前で出してくれた。それは私にとって認められたと同義で、ただ嬉しかった。それが暴力という手段であっても。

ついさっきまで考えていたことと今考えていたことが混ざり、矛盾し、成り立たなくなる。まるで彼らのように、考えが浮かんでは元あるものと対立し、何も解決しないまま姿をなす。
そういう意味では、彼も私も同じなのかもしれない。

「こんなこと、本当は言いたくないんだけど、あなたたちのために言うわ。或音ちゃん、キョウヤくんから離れなさい」

見るからに言い出しにくそうに、でもきっぱりと言い切られた。会わせるわけにはいかないと言われたときにもう察していたことだったのに、いざ口に出されるとあまりにも辛く、やるせない。

私が彼から離れなければ、彼は変われない。私も、ずっとこのままだ。だから距離を置く。そしてお互いが強くなれたとき、もう一度会えばいい。口にすれば簡単だ。でも現実は、そう上手くはいかない。まず、彼がそれを許す筈がない。

「でも」
「どうかしたかしら?」

「私がキョウヤさんの側からいなくなってしまったら、誰が彼の苦しみを受け止めるのですか?」

彼の苦しみは、私がいなくなったことだけで消えるものではなかった。総帥としての立場、それが一番の原因だったから。それを私がどうこうすることなんてできないし、しようとも思わない。

ということは、彼はこの先もずっと苦しみ続ける。誰かに吐き出すこともできない、ただ笑顔を張り付けて過ごすだけの存在になる。

表向きの臥炎キョウヤはそうかもしれないけれど、本当のキョウヤさん……いや、彼はそれほど強くはない。彼もまた、一人の子供なのだから。

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