01


ガチャリ、と重苦しい音をたてて立派なドアが開かれる。隙間から差し込んだ光がそのシルエットを照らし、まるで後光がさしているかのような光景が広がった。

「ただいま、或音。」
「おかえりなさいませ」

頭を下げつつ彼の顔を伺う。今日はダメだ、そう察した。
このまま何もなければいいのだけど、きっとそうはいかないのだろう。仕方なしに顔を上げると、それはすぐに来た。

肩を掴まれ、彼の元へ引き寄せられる。

「外へ出たようだね。違う匂いがする」

無理やり聞かされる形になってしまった彼の心臓の音が気持ち悪い。呼吸が髪にかかるのすらも、ただただ嫌悪しかなかった。

「先日散歩に行った際に髪飾りを落としたものですから、探しに行っていただけです。今朝確認したら行ってきてよいとおっしゃっていたので」

意味がないのは十分承知だったけれど、一応それだけ言っておいた。それで許されたことなんて一度もなかったことからは目を逸らす。

「そう。でも約束を破るなんて感心しないなあ」

笑顔なのに目だけ鋭くなるのが見えた。こうなってしまったからには何もできないから、ただ痛みに耐えるしかない。
歯を食いしばり、申し訳ございません、と頭を下げた。これで顔を殴られるのは回避できるだろう。

しかし、いつまで経っても彼の手はこなかった。

「いいよ。頭を上げてくれないかな」

いつも通りの優しい声が降ってきて思わず下げていた頭を上げる。するとすぐに、右頬に鈍い痛みを感じた。
さっき頭を上げた拍子に力が抜けてしまったから、自分の歯が口の中を抉る。

「ぼくは"許す"とは言っていないからね。
ああ、今後勝手に外に出るようなことがあれば、これだけでは済まさないよ。まずは外出がダメだということを教え込ませようか」

とんと肩を押され、衝撃と同時に背中に硬く冷たい感触がした。それが床だと分かるころには、彼の拳が何度も私の頬や身体を殴りつけていた。
殴られては蛙のような濁った声をあげ、 それで痛みを紛らわす。うまく動かなくなってきた身体をなんとか動かしほんの少しだけずれることで、特に痛いところに拳が来るのを避けた。
彼はそんな私の仕草が気に入らなかったのか、さらにひどく殴打してきた。ときどき不気味につりあがる口角に普段の彼が重なる。どうして、こうなってしまったのだろうか。考えても答えは出ない。

口の中が切れたのだろう、血の味がする。きっと顔もすごいことになっているんだろうと考えたけれど、もうどうでもよかった。
この部屋から出なければ、誰にも見られない。それにこの部屋に篭り続けていれば殴られることも減るだろうから、一石二鳥だ。
食べ物はないし換気のための窓もないから、さすがにこのまま部屋にずっと篭るのは難しいけれど、せめてなるべくここから出ないようにしよう。

「何を、考えているのかな、ぼくが目の前にいるのに、別のことを考えるだなんて、許さないよ」

何度も殴るのはかなり体力を消耗するのだろうか、彼が息を切らしながらそう話しかけてきた。
いけない、と思ったときにはもう遅く、歪んだ笑顔の向こうに硬く握られた拳が見えた。

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