21
「とにかく、もう部屋に戻ろう。これ以上進んだら本当に戻れなくなるし」
無理やりにでも戻ろうとしても、いいからいいから、と誤魔化されて連れ出されてしまう。木しか見えなくなってきたあたりから、無事に帰れるかさらに不安になってきた。
だというのにロキは楽しそうで、今にも鼻歌でも歌いだしそうなほどだった。手を解こうにも私の力では不可能で、引っ張られるがままに足を進めてしまう。
やめて、と抵抗しても虚しく、ビクともしなかった。
「こんなに山奥まで入って、どこへ行くつもりなの」
まさかこの樹海でそのまま……と、悪い予感がした。それを察したのか、ロキは思いっきり首を振った。否定ということらしい。
とは言ってもこんな木しかないような場所で、何を目指して歩いているのかまったく見当がつかない。目印もないし、迷ってしまったらどうしようもない。
「ほら、着いたぞ」
急にロキが足を止め、それにつられて私も歩くのをやめる。着いたって、どこに。相変わらずあたりは木ばかりだし、私たち以外の人も……いた。
見覚えのある乱れた銀髪の少年が一段と大きな木を背中に立っていた。荒神ロウガさん、キョウヤさんの随一の『トモダチ』だ。
「遅かったな」
「これでも早えーほうだよ。或音を連れ出すの、もっとかかると思ってたしな」
遅いといいながらもさして興味もなさそうなロウガさん。それにしてもどうしてこんなところにいたのだろう。考えられることといえば、ひとつしかない。
「ほらロウガ、パス」
強く握られていた手を引かれたかと思えば、ロウガさんのほうへ投げるように移させられる。足がもつれて転びそうになったところを、力強い腕と胸で受け止められた。と思えば、さっきまでロキがしていたかのように手首を取られ、指先をジロりと見つめられる。その目つきが少し怖くて、つい後ずさってしまった。
「……やはり、あったか」
聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言ったあと、無理やり手を動かされてロウガさんの目の前に持っていかれた。噛み付くような視線とはまさしくこのことなのだろう。
そんなロウガさんにわずかに怯えていると、一本の指から冷たい感触が消えた。驚いて目を見開けば、銀色の細い指輪はロウガさんの手の中にあった。こんなもの、とまたつぶやいたかと思えば、振りかぶりそれをどこか遠くに投げる。
「そんな、何てことをするんですか!あれは、キョウヤさんからの」
「あれはもう必要ない」
婚約指輪として贈られた、プラチナの華奢なリング。一度あの場所から抜け出したときに置いて行った以外に薬指から外したことはなかった。それが今、どこか遠く分からない場所へ行ってしまった。もう見つけることは難しいだろう。
「行くぞ」
そう手短に告げられると、ロウガさんの足は地面から離れた。置いていかれてしまう、と直感で悟り走り出すも、同じように空を飛ぶことはできない。当然だ、普通の人間にそんなことができるはずがない。
どうすればいいのだろうかと困っていると、ロキが何かを伝えようとしていた。言われたとおりにデッキを手に握り締めれば、不思議な光が体を包んだ。つい反射的に目をつむる。
再び目を開いたとき、私の体はとても軽くなっていた。まるで重力というものを感じない。体全体が浮き上がっているかのようだと錯覚して足元を見れば、本当に地面から足が遠ざかっていた。
「なんだ、バディスキルを与えていなかったのか」
ふん、とでもいいそうな調子でロウガさんが言う。バディと言う名を冠しているということは、これはロキの力なのだろうか。
「使う機会がなかったし、キョウヤにばれたらメンドーそうだったしな。オレも忘れてた」
私の横を飛ぶロキが、わりーわりーとこちらに謝りながらそう伝える。今までに体験したことのない感覚を恐ろしく感じながらも、とても心地が良かった。
「じゃあ、行こーぜ。とりあえずは……あそこでいいか?」
「ああ」
「んじゃ、或音手貸せ。……これでよしっと。連れてくから、離れんなよ」
私の知らないところで話が進んでいてよく分からなくなりながらも、ロキの支持に従い素直に返事をする。木々の隙間から空へ抜け出し、行き先もわからないまま私は飛行を続けた。
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