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ロキと何度もファイトをして、色々なことが分かってきた。ルールだけでなく、ロキ自身のことについても少しずつではあったが知ることができた。
悪戯っ子という第一印象は割とその通りで、同じレジェンドワールドのモンスターの中では有名な方らしい。しかし言動の割に根本は真面目で恥ずかしがり屋だった。早寝早起き三度の食事を貫いているらしく、夜遅くや御飯時には呼んでも返事をしなかったりなんてしょっちゅうだった。眠れない夜には寂しいけれど、健康的なロキを見ているとわずかにだけど元気が出た。
「先行1ターン目は連携攻撃ダメだからなー!また間違えかけたろ」
「それじゃアタック通らねーよ!ほら、こっちの値がこれより低いだろ?」
「だーかーら、それは普通にコールすればゲージ4だけど、そのスキル使えば1で済むの。テキストよく読めよ」
肝心のファイトのルールはこの調子だけど。どうやら私は典型的な初心者らしい。勉強はできないほうではなかったけれど、同じようにはいかなかった。
「じゃあ今手札から捨てたジョーカーを、ゲージ1でライトにコール、そのままセンターにアタック」
「呪い氷鏡をキャスト!くふふ、ジョーカーは破壊だぜ」
今日のロキのデッキはカタナワールドらしい。私が何か仕掛けるたびに対抗が来て、思ったような動きができずもどかしい。
これで私の場からモンスターはなくなり、手札もないに等しくなってしまった。スキルでジョーカーをコールしようと無理して魔法を使ったせいで、ゲージもあとわずかだ。このままじゃ負けてしまう、そう思った時だった。
「ただいま、或音にロキ。今日もロキは或音にファイトを教えてくれているみたいだね」
年の割に落ち着いた、低い声が部屋に響いた。重い首を回すとやはりにこにこと微笑むキョウヤさんがいて、無意識に彼から目が反らせなくなる。ファイトの流れも全て飛んでしまった。
彼の目が、一瞬だけ赤く光る。それがとても妖艶で、なのにどこか恐ろしかった。
「ああ、そうだ或音。後でぼくと一緒にファイトをしよう」
もちろん断るなんてしないよね?とでも言うような目で見つめられれば、動くことができなくなった。心臓が早鐘を打つかのように動いて、自然と呼吸が荒くなる。
「おい、或音!?大丈夫か!?」
「ロキ……」
まだなりたてのバディに声をかけられて気を取り戻したけれど、呼吸は落ち着かない。苦しい、助けて、誰か。
そう助けを求めた時、頭に何かが被せられた。つい反射的に小さく悲鳴を上げたけれどそれは退くことはなく、しだいに息ができなくなってきた。
「おいキョウヤ、何してくれてるんだよ!」
ロキの声が聞こえたと思ったら、視界が明るくなった。足りなくなった酸素を求めようと息を大きく吸えば、キョウヤさんがすぐ隣にやってきて背中を撫でてくれた。
「過呼吸の応急処置だよ。手荒い真似をしてすまない、或音」
どうやら私の頭に被せられていたのは袋だったらしい。キョウヤさんの左手に握られているものを見て、そう認識した。過呼吸になった感覚はなかったけれど、手先がひどく冷えていることからしてあまり体調がいいとは言えないみたいだった。
「今日はもう休もう。続きは明日、またやればいい」
そう言いながら私の体を持ち、立たせてくれる。さすがにキョウヤさん一人で私を運ぶわけにもいかないらしく、寝具まで歩く私を支えてくれた。帰ってきたばかりで疲れているはずなのに、迷惑をかけてしまい申し訳ない。
「もう大丈夫です。すみません、わざわざ……」
ベッドに辿り着いたところでキョウヤさんの手を制し、すぐに横を見て謝る。オレンジ色の目が困ったという心情を表しているように見えた。
「遠慮しなくていいんだよ。とにかく、ゆっくり休まないと。ロキはぼくが帰らせておくから」
ロキは心配そうにこちらをちらちらと見ている。キョウヤさんに任せてしまうのはかたじけないけれど、自分で動く気力もなくマットレスに体を預けた。
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