11
久しぶりの雨の日だった。
最近は晴ればかり続いていたせいもあってか、気分は重い。おまけに普段ならしないようなミスをしてしまい、仕方なしに当分向こうで夜を明かすことになった。
いつもとは違う、生活感も何もない部屋。とはいってもあの部屋も生活感はあまりなかったのだけれど、それでも或音がいない場所で寝て起きるのは不思議な気分がした。
「寂しい……か。まさか僕がそんなことを思うなんてね」
「キョウヤ様、どうかなさいましたか?」
「いや、独り言さ。気にしないでくれたまえ」
僕としたことが、つい心情を漏らしてしまっていたようだ。らしくない。周りで働く者たちに、何度そう言われた数日間だっただろうか。
口が裂けても、じゃあ或音を連れてきてだなんて言えない。彼女の本当の居場所を知っているのは、僕とディザスターの彼らだけ。
表向きには僕の婚約者兼秘書的存在として、超東驚にある僕の家にいることになっているからだ。
やっと或音に会える。そのことを思うだけで、ここ最近の萎えた気持ちも大分ましになった。
……だったの、だけれど。
着いてすぐ、何かがおかしいと思った。何がとははっきりとはわからなかったが、ただならぬ違和感。
それもそうだった。だってここには、誰もいない。普段は僕が帰ってくると誰かが出迎えてくれるのに。
もう見飽きたはずの石の壁がやけに冷たく思える。誰のぬくもりも感じない異様さに、つい小走りで或音のいるはずの部屋へ向かった。
体当たりでもするかのように力をかけてドアを開ければ、或音の香りがふわりと香った。
部屋には、誰もいない。まるで元から誰もいなかったかのように、誰の跡もなかった。ホテルさながらに整えられたベッド。チリ一つない床。
まさか、そんなはずは。
急いでクローゼットを開けると、そこには或音の服や何やらが吊るされていた。いつもどおり、というには少なく思えるけれど、彼女のものがあるという事実それだけでその感情も忘れてしまう。
そうでもしないと、或音がいたことが夢だったとさえ思えるから。
「キョウヤ様」
自分の名前を呼ぶ声に振り向くと、そこにはソフィアがいた。感情を滅多に表に出さない彼女なのにその顔は暗く、少し怒っているようにすら見えた。
「やあ、ソフィア。久しぶりだね」
「……婚約者といえども女性の持ち物を勝手に見るのはどうかと思います」
端的にそう言われて手を止める。ソフィアの言うことももっともだ。少なくとも、普段の僕ならこんなことはしない。
「……或音はどこにいるのかい?誰かの部屋にでもいるのかな」
「私は見ていませんが」
「そう。わかったよ」
クローゼットのドアを開けたまま部屋を飛び出す。キッチン、シャワー室、彼らの部屋、パイプオルガンの部屋。
思い当たる場所を全て探しても、そのどこにも或音はいなかった。あるのは彼女がいたという痕跡だけ。
散歩にでも行っているのだろうか。それにしては、胸のざらつきが気になった。
疲れているのだと自分に言い聞かせ、僕と或音の部屋へ戻って仮眠でもとろうとする。
そんな考えも、部屋にある机の上を見た瞬間に吹っ飛んだ。
「……どうして、これがここに?」
その後のことは、覚えていない。
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