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何度も明るい場所と暗い場所を繰り返し、やっと着いた場所は見慣れない風景だった。こんな場所来たことがないのだから当然だ。だけどどことなく懐かしくて、何かを思い浮かばせる。

何だろう、と考えているうちに頭の中のイメージは消えてしまった。

「大丈夫?そろそろ着くけど、無理だっていうなら少しくらいは休憩できるわよ」

今日何度目か分からない気遣いの言葉を受け取る。正直かなり疲れているけど、あと少しだと思えば我慢できる。
それに、私の荷物まで持ってもらっているのにそこまでお願いするのは気が引けた。

「大丈夫です」

きっと私がそういうのは分かりきっていたのだろう、簡単な返事をされてからエルフさんの歩くスピードは戻った。

あの場所を出た後からずっと、はぐれないよういつもより速めに歩いていたけど今はもうその速さにも慣れた。だからこのくらい苦痛ではないはずだ。疲れているといっても、歩けないわけではないから。

さっきの言葉の通り、話しかけられた場所から少し行ったところでエルフさんは足を止めた。
日が暮れかけているせいなのか元からなのかは分からないけど、やけに暗い中にある古びれた家。家というよりはその見た目は小屋、と言ってもいいほど。

エルフさんは何も言わずその家のドアにある錆かけた鍵穴にこれまた鈍い銅色の鍵を差し込む。やっぱりここが目指していた場所なのだろう。

鍵が開く音がして、ついドアノブのほうに目をやる。エルフさんの大きな手がそれを掴んだと思ったら、鉄の独特のにおいとともにドアが開いた。
入りなさい、と促されたので、おじゃまします、と言いながらドアをくぐる。外観とは裏腹に、中は意外にも綺麗だった。もちろんあの場所ほどではないけど、外から見た様子では壁などボロボロだったのに。

「驚いたかしら?」

パチン、と電気がつけられる。

同じ動きを繰り返すオモチャのように首を振り肯定の意を伝えると、エルフさんは話を続けた。

「ダビデが前に住んでいた家なのよ、ここ。とは言ってもそんなに前のことじゃないし、だから見た目の割にわりかし傷ついてないの」

なるほど、そういうことか。確かに一応は掃除がされているし、言われてみれば人が住んでいたという跡はあるような気もする。頭に被っていた帽子を側にあった机に起きながら、軽く室内を見渡した。

私は今まで、ダビデさんがキョウヤさんの元に来るまでにどこにいて何をしていたかは聞いたことがないし、本人も話すつもりはなさそうだったから問いたださなかった。だからもちろん今まで知らなかったのだけど、あまり本人が気乗りしていなかったことを勝手に知ってしまったような気がして、少しダビデさんに申し訳なくなった。

「あの……ダビデさんは、知ってるんでしょうか?」

恐る恐るエルフさんに尋ねる。

「もちろん。というより、ダビデが提案したのよ。パレスからはある程度離れているし、何しろこの辺りは道が入り組んでいるから知らない人は迷いやすいの。もしキョウヤくんに或音ちゃんの居場所を知られても来れないようにね」

最後に独り言のように言った言葉に体が反応する。彼ならそのくらいやりかねない、造作もないことだ。

それでももし、彼に見つかってしまったら?これだけエルフさんやダビデさんが考えてくれたと言っても、どうしてもどこかから嗅ぎつけられ、この場所まで来られてしまうかもしれない。彼なら、ありえなくもない。
見つかった果てにはどうされるか。そんなこと、分かりきっている。いや、今まで以上に、予測できないくらいに酷くなるだろう。それを考え出したらキリがないけど、考え出したら止まらなかった。

「或音ちゃん?」

エルフさんの声でハッと我に帰る。気づかないうちに、体が震えていた。きっと、そんな私の様子を異様に思ったのだろう。けれどエルフさんはそれ以上追求してはこなかった。

「あなたには窮屈かもしれないけど、今はここで我慢なさい。週に一回くらいは私たちの誰かが様子を見にくるつもりよ。まあ、当分は私がここにいるけど」

当分、というのはどのくらいなのだろうか。そして、みんながいない間はどうすればいいのか。
そんな事を考えていると、エルフさんは私の頭の中を読んだみたいに答えをくれた。

「そうね〜……3日はいられるわ。それ以上はキョウヤくんに感づかれてしまうからね。この間に料理とか最低限暮らしていくのに必要なことを教え込むから覚悟してなさい」

つまりは一人暮らしをするということ。今まで私は親元やキョウヤさんの元を離れて生活をしたことはない。料理は少しはできたけど、長くあの場所で暮らす間にもう忘れてしまった。
でも、こうしてキョウヤさんから離れて暮らしていく以上身につけなくてはならないスキルだ。どちらにせよ後々覚えることになったのかもしれない。

こればかりは逃げられない、と言うと彼のそばにいるときと同じになってしまうのが皮肉だ。

「……よろしくお願いします」

決心を込めてそう言うと、いい返事よ、と返された。


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