08


幸か不幸か、こういうときに限って時が過ぎるのは早い。
いつもと同じようにキョウヤさんを見送り、ディザスターパレスを出たのをしっかりと確認してから慌ててクローゼットに飛び込む。ほどよい大きさのトランクを取り出し、中身を確認していく。
昨日ソフィアちゃんと別れた後すぐに必要なものはあらかた詰めておいたから、あとは鞄に入れておいたままにしては彼に気付かれてしまうようなものを詰めていくだけだ。歯ブラシだとか、お気に入りのコップとか。

元からものをあまり多く持っていないというのもあり、あまり迷わずに手が進んだ。思っていたより早く終わってしまったので、トランクをまた隠してからベッドに転がる。
食欲も湧かないし何もすることがなく、ただぼんやりとここでの暮らしを思い返していた。

最初にここへ連れてこられたのは2年前。臥炎財閥主催のパーティーに両親と共に招待されて、そこでキョウヤさんと出会った。
臥炎と比べたら小さな私の家がそんなパーティーに呼ばれることすら珍しいのに、まさか主催者に声をかけられるなんて思ってもみなかった。何を話していたかはあまり詳しくはおぼえていないけれど、私が知らぬ間に話が進んでいて気づけばキョウヤさんの婚約者となっていた。

話の早さにはとても驚いたが、今考えると全てキョウヤさんが仕組んだ事なんじゃないか、と思えてくる。

普通に考えて、婚約やらそういう大切な話が出会ったその日に出るはずはない。ましてや相手はあの臥炎財閥、既にそういった関係の人がいてもおかしくはない。キョウヤさんに両親がいないのが少しは影響しているのかもしれないけど、それでも私の家のようなあまり大きくはないところは選ばないだろう。

そこまで考えて、ぞくり、と背筋が冷えた。いやまさかそんなはずは。いくらキョウヤさんだからって言って、そこまでするはずはない。
あれは単なる偶然で、あり得ないような話の早さもただキョウヤさんが世間のそういった事情を知らなかっただけかもしれない。というより、そう考えないと気が滅入ってしまう。

はずみでつい左手を見る。こんなに綺麗なのに、薬指に輝く婚約指輪はさながら腕に付けられているものと同じようにさえ見えた。
縛り付けてどこにも行かないように。キョウヤさんの境遇を考えると仕方ないのかもしれない。

すると、リズムよく2回ドアをノックする音が聞こえた。すぐにベッドから起き上がりドアのほうへ向かうと、やはり来たのはエルフさんだった。

「或音ちゃん、行くわよ」

どこに、とは言わない。

急いでクローゼットに押し込んだトランクを引っ張り出し、少し駆け足でエルフさんのあとに続く。

ごめんなさい、キョウヤさん。

緩くなってしまった指輪を外し、ベッドのサイドテーブルに静かに置いた。

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