まやかしにすがる
白蘭との通信はそれで途切れた。そして、それと時を同じくして、ラピスが崩れ落ちる様にしてその場に倒れる。
額から汗が滑り落ち、浅い呼吸を繰り返している。握りしめた手からは血が滴り、ラピスの中で荒れ狂う痛みの壮絶さを伺わせた。
ツナが、ラピスを抱き起して安心させようと頭をなでる。すると、僅かに瞼を持ち上げたラピスが花が咲いたように微笑んで。それを見たツナもその場にいる全員が安どのため息を漏らしかけたとき。
「ジョ……ット」
「え…?」
それだけ呟いて、ラピスは安心したようにツナに身を任せて眠りに落ちる。
だが、ツナの胸の内を先ほどとは違う感情が渦巻いていた。
「な…で、プリーモの名を…」
しかも、何かを懐かしむ様な、本当に愛おしいものの名を呼ぶ時のような声で、その名を呼ぶのか。
百年以上も前に死んだ人間、そしてボンゴレの創立者。その名を、何故彼女が。
その疑問を今すぐにでも、彼女を起こして問いたい。だが、幸せそうに腕の中で眠るラピスを見て、何も言えなくなった。
とても、幸せな夢を見た。
周りには、ファミリーの皆が座っていて。優しい瞳で笑っている。そう、何の疑いも憎しみもない、本当に純粋な笑顔を、ラピスに向けていた。
それを見て、ラピスはあぁまたあの夢を見ているのかと周りで笑う彼らに微笑む。うまく笑えているだろうか。
少なくとも、昔のようには笑えていないに違いない。
私は、裏切りを知ってしまったから。
穏やかな風が頬を撫でていく。ラピスとその仲間を慈しむようにして吹くその風は、温かい春の日差しを思わせた。
「どうした、そんなに浮かない顔をして」
自分の隣に座る、金色の髪の美しい青年…ジョットが少し不安げに私の頭に手を置く。
いつもなら、子ども扱いするなと怒鳴るのだが今は大人しくされるがままになっていた。
だって、この手がどんなに大切か知ってしまったから。
「ん?今日は怒らないのか。珍しいな」
少しばかり目を見開いてそう言うと、そっと私の頬を手で包む。
目をそらすこともできずに、橙色の瞳をじっと見つめると突然、ジョットの顔がぐにゃりとゆがむ。
「俺を殺そうとしたのに、何故お前は笑うんだ?」
恐ろしいほどに冷たくゆがんだその瞳。はっとして辺りを見渡してみれば、そこはアノ¥齒鰍セった。
周りを木々で囲まれた、少し大きめの建物。ラピスの為に、終焉の守り人≠フ為に作られた籠=B
「裏切った。お前は俺たちを裏切った。そのせいで俺たちは……傷ついたんだよ?」
記憶と、寸分たがわぬ声色で恐ろしい言葉を吐く青年。いつの間にか、見事だった金の髪も、何処からか現れた灼熱の炎に焼かれて焦げ、綺麗だった橙色の瞳も憎悪の炎に燃えている。
「あ………うぅっ!!」
声ともならぬ声がラピスから発せられる。恐怖で呂律が回らない。どうしてだ。
恨まれていることなど、とうの昔に分かっていたことだろう。
だけど、どうしてもどうしてもジョットのこんな姿は見たくはなかった。こんなのただのわがままだろうか。
ラピスは必死に目を伏せる。もう見たくない。
目を瞑ってしまえば、そこに広がるのは闇だけだ。
闇は、とても孤独で悲しい。だけど、何も見なくて済む。そうだ、もういっそこのまま闇の中に身を隠してしまおうか。
本気で、ラピスがそう考え始めたとき、体がふわりと温かい温もりに包まれた。次いで、頭に温もりを感じる。頭を撫でられているのだと、そう理解したラピスは恐る恐る瞼を持ち上げる。
そこには、自分を心配そうに見つめる、青年の姿。
よかった。あれはただの悪い夢だよね。あなたが、私から離れていくはずないもの。
「ジョ……ット」
掠れる声でそう呟くと、そのまま温もりに包まれながら目を閉じる。
どうしようもなく、温かくて心地よかった。
たとえそれが、まやかしでしかなくても
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