膨れ上がる恐怖




「あー部屋にいないと思ったらこんなところに居たんですかー」



少し、しんみりとした空気が流れていたところに場違いと言えなくもない抑揚のない声が響く。

そして、つかつかと此方へ来て私の腕をひく。慌てて私は、持っていた紅茶のカップをテーブルへ置くと、引っ張られるままにフランについて行った。

部屋を出るときに後ろを振り返ってルッスーリアさんに視線を向けるが、いってらっしゃいとでもいう様にひらひらと手を振られる。

小さく会釈を返そうとするが、それもままならないうちにグイグイとフランに引っ張られる。



「どこ行くの?」



何とかフランと歩調を合わせることに成功したラピスはそう問いかけるが、フランは来れば分かりますーと言って取り合ってくれない。

諦めてそのまま歩いていると、最初にラピスがヴァリアーに来た時に通された幹部たちが集まる、会議室のような場所に付いた。

そこでフランは足を止める。訳が分からず私がフランに視線を向ける。



「入ってくださいー」



逆らう事の出来ない雰囲気でそう言われ、扉のドアノブに手を掛ける。



「・・・ッ!!」



その瞬間に、扉の向こうから感じた気配。それは、とてもとても懐かしいもので。決してもう、会いまみえることはないだろうと思ったもので。

次の瞬間には、私は踵を返してその場から逃げようとしていた。

だが、即座にフランに手首を掴まれそれもかなわない。無理矢理に振り払って逃げることもいつものラピスならば容易にやってのけていただろうが、何せ、今のラピスは平常心を失っていた。



何故?怖いから。



ガタガタと両腕で自分を抱きしめる様にしながら震えるラピス。その姿に、普段表情を見せることの無いフランも少々焦ったような顔をして、ちょっと待っててくださいーと言い残して、扉の中に入っていった。

僅かに空いた扉の隙間。その向こうの人の姿を見ないようにとラピスは頭を抱えてしゃがみこんだ。

成長した彼らの姿を見たら、自分の中の何かが壊れてしまうような気がした。

この身の中に封じ込めたはずの闇が再び彼らを・・・彼を傷つけてしまうことになるのではないかと思うと、知らぬ間に体が震えだす。

怖い、失うのが怖いから、傷つけてしまうのが怖いから、離れたのに・・・・・・

何故、私にかかわろうとするの?

もう、私は私の中の闇を制御できるようになっていた。それを力と変えてこの体を手にしたのだから。

でも、怖い。

彼らを見ていると、彼らを気づつけたときのことが嫌でも脳裏に浮かび上がる。



「ラピス!?」



酷く焦った様な声音で、うずくまっていたラピスを抱き起したのはベル。ザンザスに幹部全員が呼び出された為、ベルも会議室に向かっていたのだ。そして、着いた先、部屋の前でうずくまっていたラピス。

何が起こったのかはまるで理解できなかったが、とにかくラピスが今まで見せたこともない動揺を見せているのは確かだった。そして、酷く脅えていることも。



「どうした・・・?」



下手な言葉をかければ、消えてしまいそうな雰囲気を漂わせるラピスに恐る恐る声を掛ける。すると、ラピスはゆるゆると頼りなさげな様子で顔を上げると、自分の傍にいるのがベルだと気づいてほっと息をつく。



「ごめ……ちょっと、怖くて…」



何が、というのはわざわざ口にしないでも分かった。部屋の前にうずくまっているのだ。部屋に入るのだ怖いのだろう。



「大丈夫か?」



再度問い掛けると、ラピスは大丈夫…と小さな声で呟くと、扉をゆっくりと見上げる。すると、いきなりその扉が開け放たれフランが顔を出した。



「紅雪サン、入れますかー?」



心配そうに問いかけるフランにラピスはベルに答えたのと同じように大丈夫と答えるとベルの手を借りて立ち上がった。

そして、ゆっくりと部屋の中に入っていった。




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