記憶の濁流
「それにしても、意外だったわぁ〜」
「そうですか?自分じゃ普通だと思ってたんですけどね」
あれから、食事を終えて只今ルッスーリアとお茶をしている。何故だか、彼のオカマ口調に違和感がなくなってきているのは、ラピスがヴァリアーに少なからず慣れてきているからなのか。
他愛もない会話をしながら、呑気に二人でお菓子を食べていた。
温かい。とても。
ミルフィオーレのことなんて、無くなってしまったのではないかと錯覚してしまうほどに。とても、温かくて、ずっとここに居たいと思う。
知らず知らずのうちに目を細めてふっと微笑むと、ルッスーリアがあら?と嬉しそうに言う。
「やっぱり、ラピスちゃんは笑ってた方が綺麗よ?」
「………ありがとう、ございます」
いきなりのことで、目を見開きながら答えるとルッスーリアさんは本当のことよ?と言って笑う。
血に染まった私のことを、綺麗と言ってくれる。そして私は、それをすんなりと受け入れられた。ほかでもない、相手がルッスーリアだったからだろう。
血に塗れていない一般人に綺麗だなんだと騒ぎ立てられても、ひどく自分が惨めになるだけだ。だが、ルッスーリアも暗殺者。私ほどではなくとも、人の命を奪ってきている。
だから、なのかもしれない。
「ラピスちゃん、答えたくなかったら答えなくてもいいのよ?」
突然、ルッスーリアが手に持った紅茶のカップを見つめながら目を伏せる。何か、真剣な話をしようとしていることが分かったから、ラピスもルッスーリアに向きなおる。
「最初、此処に来た時に言っていたでしょう………」
やめて、聞かないで。
心の奥で警報が鳴り響く。ダメ、駄目。
きっと、真実≠話したらヴァリアーも私を受け入れることをやめるに違いない。
聞かないで。でも、そんなこと声に出して言わなければわかるはずのないもので。
「U世って……あれ、どういうことか教えてくれないかしら?」
心の奥底で、何かがはじける音がした。
その途端に襲ってくる、激しい痛み。脳内をめまぐるしく記憶の濁流が駆け巡って幾重にも重なった過去が一瞬のうちにして思い出された。
――――ラピス・・・お前は、ついてくるなと言っても聞かないのだろうな。
――――大丈夫だ、ジョットだって何もお前が憎い訳じゃない。
――――刀を扱うものとして、これくらいは当然でござるよ。
――――ラピス、早くお菓子食べに行くんだものね
――――ラピス!!トレーニングに付き合ってはくれぬか!!
――――ちょっと、手錠は危ないから触るなって言ってあるでしょう。
――――全く、相も変わらず軟弱な思想ですね・・・ですが、貴方はそれでいいのかもしれません
温かかった仲間たち。皆、皆、大好きで。ずっと死ぬまで一緒にいる者だと思ってた。
………思っていただけだった。
突然、覚醒した私の中の何か≠サれは、決して人間に扱えるはずのないもので。
力を使うためには、人間であることを捨てなければならなかった。
だから、だから・・・私は・・・・・・・・・ッ!!
後悔はなかった。だって、そうしなければ彼らと一緒に居られないから。だけど、違った。私の心は時が来るたびに、意識の奥深い所に封じ込められて。ただただ、繰り返される赤い夜。
それに気づいたファミリー。
失った信頼。
失った温もり。
どこから、どこから間違っていたんだろう。
一体、どこで、間違ってしまったのだろう。
「・・・・・・ちゃん!!ラピスちゃん!」
「え・・・あ、ルッスーリアさん・・・・・・」
知らぬ間に意識が持って行かれていたらしい。現に、ルッスーリアが何度呼びかけてもラピスのうつろな瞳は虚空をとらえるばかりで、ルッスーリアのことなど見えてはいなかった。
「ごめんなさいね・・・話すのが、そんなにつらいことだとは思わなくて・・・」
「いえ、私が悪いんです・・・・・・」
隠すようなことしてすいません。と、ラピスは頭を下げる。慌ててそれをやめさせたルッスーリアは、気を取り直すように、手元の紅茶を一口飲んだ。
「でも、もし・・・もし、ラピスちゃんが、私たちのこと本当の仲間だって思ってくれたら・・・・・・その時が来たら、話して頂戴ね」
気づかれていた。どこまで鋭いんだろう、ルッスーリアさんは。そう、今も昔も私の中の仲間≠ニいう定義に当てはまるのは彼らだけ。ツナ達は友達であり、守るべきもの。ヴァリアーは・・・・・・まだよく分からない。
そんな曖昧なところで迷っている私を、ルッスーリアさんは、全部見抜いている。見抜いたうえで受け入れてくれている。
それがどうしようもなく暖かくて、思わず、はいと返事をしていた。
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