部屋に入って俺は用意された座布団に静かに腰を下ろした。


いつでも飛び退く準備は出来ている。






「それで、何の用だ?」

『う、うん。あのね、久々知君も、俺の事警戒してる…よね?』

「…何でだ?」

『だって、俺編入生だから。ましてや半分妖なんて、怪しむに決まってるよ』





悲しそうに、それでも何か強い意志を感じさせる笑顔で肩を竦める。

少しだけ、胸がチクリと痛んだ。






『俺はね、学園長先生に会うまで誰かに話しかけてもらうって事なかったんだ』

「同情しろっていうのか?」

『違うよ。俺、今幸せなんだ』

「…お前を疑ってる人間もいるのにか」

『うん。疑ってても俺の話聞いてくれるもん』






そんな俺の問いに嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って頷いた。

ただ幸せだと、満足しているんだと。





『久々知君も、疑ってても俺が話しかければ返事をくれる。それってとっても幸せな事なんだ』

「…そうか」

『もし、久々知君が俺を間者と判断したら殺して』

「な…っ?!」






嬉しそうな顔とは裏腹な言葉の驚いて目を見開いた。
まるで当たり前だと言うように言葉を続ける。







『こんな事言ったら猫が怒るかも知れないけど、それでもいいなって思うくらいには幸せなんだ』

「何がそんなにお前を幸せにするんだ?会話なんてごく当たり前の事だろ」

『俺には、久々知君が言うような当たり前がなかったんだよ。俺は忌み者だから』

「っ、悪い…そういうつもりは…」

『いいんだよ、理解してるから』






いつもおどおどしていた。
笑みはふわふわして、掴みどころのない笑顔で。

それでも哀愁なんて一度も漂わせた事はなかった藍が悲しそうに目を伏せた。


俺たちにとって当たり前なやり取りも、藍にとっては本当に嬉しい事で、幸せだったんだ。






『あぁ、でも死ぬとしたら一つだけ…心残りがあるかな』







顎に手を当てて、眉を下げた藍は俺の瞳を真っ直ぐに見つめて口を開いた。








『久々知君、じゃなくて名前で呼びたかった』







その小さな願いは、俺の心に強く響いて。

まるで一年生のような願い。

俺はそんな気持ちを持った事があっただろうか。
同輩たちは記憶にもないくらいすぐに名前で呼び合っていた。


誰かを名前呼びしたいなんて思った事が、あっただろうか。






「……じゃないか」

『、え?』

「俺の事だって、名前で呼べばいいじゃないか」






気が付けばそんな事を言っていた。

何故か今までの自分が恥ずかしくなって視線を落とす。
それでも目の前の藍が丸い瞳を見開いてこっちを見ているのは分かる。






『…っっ、兵、ちゃん』

「…何だ兵ちゃんて…」

『うわぁあああああん!!』

「は!?な、何で泣くんだ?!」

『だあああってぇぇぇ!!!』

「ど、どうすれば…とっ豆腐食べるか!?」







うるうると瞳を潤ませたと思ったら盛大に泣き出した藍に俺は慌てて近寄った。

懐にしまってあった高野豆腐を差し出す。
それでも泣き止みそうにない藍に本気で困りだした頃、天井がかぱっと間抜けな音を立てて開いた。






「…お、まえたちいつから見て」

「いやーすまん。私は止めたんだがな」

「何言ってんだよ三郎が一番乗り気だったじゃん」

「勘右衛門もだろ…」

「八左ヱ門も心配してたじゃないか」

『みっ、みんな…?』






三郎に続き勘ちゃんにはっちゃん、雷蔵と同輩たちが降りてくる。

俺も藍も唖然としてただただ口を開けたままそれを見ていた。



雷蔵が困ったように、それでも嬉しそうに笑いながらこっちに近づいて猫の前にしゃがみこんで頭を撫でる。







「さっきまで六年の先輩も居たんだよ」

『先輩たちが…?』

「うん、帰ったけどね」





雷蔵が上を指せば鼻水を啜りながら見上げている藍に心臓が絞められたような感覚になる。

俺は心臓の辺りに手を当てながら気配を探れば誰も居ない天井裏にため息をついた。






「先輩は誰が居たんだ?」

「潮江先輩と立花先輩、あと七松先輩が興味本位で参加していたぞ」

「あー…なるほど」

「食満先輩も途中まで居たんだけどいつの間にか目頭押さえながら消えてたなぁ」

「あの人こういうの弱そうだもんなー」




三郎と勘ちゃん、はっちゃんが笑いながら先輩の様子を伝えてくれる。

藍に関してはまだすんすん言ってるし。


俺はため息をつきながら藍に向き直った。






「藍」

『…?』

「俺はお前を疑っていた事を詫びたりはしない」

『あ、うん。それに関してはさっき言ったとおり…』

「だけど、こいつらより仲良くなるにが遅かったからその分たくさん一緒に居たい」

「おほー、兵助…それって」

「はちは黙って」






思った事は伝える。
俺は今までの行動を後悔もしていなければ、悪いと思っても居ない。

だけど、今までの時間を埋めたいとは思ってる。



それを藍に言えばひっこみかかっていた涙をまたあの大きな瞳に溜めてこっちに身を乗り出してきた。






『っっ、兵ちゃん大好きっ!!』

「うわっ!!」






そのまま飛びついてきた藍に押し倒されるように後ろへ倒れた。


純粋な気持ちが触れ合った部分から伝わる。
暖かい、確かな人肌。



猫と呼ばれてる妖はまだ知らないけれど、それでも俺はこれから猫を突っぱねる事はないだろう。



また泣き出した藍を倒れたまま抱きしめ返して俺は小さく笑った。






「改めて宜しくな、藍」






これからは限られた時間で俺が、俺たちが出来うる限りの幸せを教えてやる。

もう二度と殺してもいいよなんて言葉言わせてやるもんか。



生きる幸せを、生きる事で得られる愛情を教えてあげようと思った。






暫く藍の泣き声はこの一人部屋に響いた。
そして泣き止んだ後、桶に浸かったままの豆腐が










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主君がい組に来た最初のほうを書いてみましたー!

三郎は警戒しつつも害がなければ特には構わないかなーと、まじめな兵助に最後まで疑っていただきました。


冷たい感じがたまらない…とおほおほしながら書いていましたww
楽しかったwwwww


ちなみにアンケで猫男と忍が一番をとったのでこの番外編を書き始めました。
それゆえに更新頻度はまちまちかと思われます←
よろしければこんな話が見てみたいなどありましたらコメントくださると嬉しいです!!

率直に言うと…
ネタをくださいって事ry


主君は私の歴代主で一番に好きですwww

二番は昔やっていたバサ○サイトの陰陽師ヒロインかな←


という事で書いていた私が楽しんでしまうという完全に俺得な小説でした!




感想いただけたら幸いです!

それではお付き合いありがとうございました!!







【小さくて大きな願いEND】




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