・兵助視点
いきなりい組に編入してきた一人の男は半分人間、半分妖の怪しいやつだった。
『は、はじめまして。藍、です。今日からよろしくお願いします…っ』
おどおどした、気の弱そうな男。
タカ丸さんに少し似た、それでも何か不思議な雰囲気を持っていた。
半分妖だからだろうか。
そいつは俺と勘ちゃんが二人で使っている机に座ることになった。
「やっほー、始めまして藍君」
『は、はじめまして!』
「俺、尾浜勘右衛門」
勘ちゃんは相変わらずの態度で編入生と話してる。
それでも警戒していることには変わらないけど。
編入生はこれまたおどおどとした態度で勘ちゃんに挨拶している。
「んで、そこに居るのが久々知兵助ね」
『あ…初めまして、久々知君』
「…初めまして」
いきなり会話を振られて、しかもなぜか勘ちゃんが俺の名前を勝手に教えたものだからいつもより少し冷たい態度を取ってしまった。
さっきまで勘ちゃんに向けられていた顔がこっちを向いて困ったように笑っている。
「あ、そうそう。忍たまの友まだ藍君にあげてないらしいから見せてあげなよ兵助」
「あ?」
『っ、あの…その、ごめん。久々知君がいやなら…』
「…教科書がないんじゃどうやって勉強するんだよ。別に嫌じゃないから見たらいい」
「ははっ、兵助ったらこえー」
「別に」
茶化す様な勘ちゃんにちょっと無愛想に答えれば今度は本当に困った顔をした編入生。
こんなに気が弱くてなぜ五年生、しかもい組に来たんだか。
正直学園長の思いつきは最初からよく分からないけど今回は本当に不可解だ。
俺の使っている忍たまの友を少し編入生に寄せてやればありがとうと隣から聞こえた。
「〜それによって…」
刻々と進んでいく授業内容が頭に入ってこない。
一応予習しておいた所だから本当に困るわけでもないし構わないけど。
俺はひたすら編入生が五年い組に来た理由を延々と考えていた。
『あ、あの久々知君』
「…何?」
『ここってどうやればいいの?』
「ここは…」
質問されてとりあえず簡潔に、本当に簡潔に教えれば難しそうな顔をして頭を捻ってる。
別に意地悪して簡潔に教えたわけじゃない。
この編入生の実力がどれくらいなのか試しただけ。
い組の奴ならこの程度の説明で通用するし。
『む、難しいんだね』
「普通だよ」
『そっ、か…』
この編入生、本当にい組でいいんだろうか。
もしかして、い組ならもし編入生が曲者だった場合対応するのが一番適役とのお考えなのかもしれない。
それなら俺と勘ちゃんの間に来た以上しっかりしなくちゃいけない。
そう思って気合を入れて数日間を過ごした。
『勘ちゃーん!』
「お、藍〜」
『俺ね、保健委員に入ったよ!』
「え、まじかよ」
『何かだめだった?』
「いやー…保健委員の別名知ってる?」
『知らない!』
「だよなぁ」
普通に過ごしてる。
しかもい組の勘ちゃんだけでなく、
「おう。藍!」
『はっちゃん!』
「藍、髪の毛に塵付いてるよ」
『え、うそ…恥ずかしい!ありがとう雷ちゃん!』
ろ組のはっちゃんも雷蔵も馴染んでいる。
最初こそ雷蔵は迷っていたけど藍と接しているうちに大丈夫って判断したらしい。
あの雷蔵がこんなに早く決断するなんてと思いつつも俺はひたすら警戒を続けてる。
「おい兵助、眉間に皺が寄っているぞ」
「ん、あぁ」
「まあそう考えすぎても仕方ないだろう」
「…三郎は警戒してないのか?」
「もしこの学園や、雷蔵に手を出したらその時は始末すればいいだけの事だろう」
「まあ、そうだけど」
三郎はさも日常会話をしているような声色と表情で恐ろしい事を言う。
見た目は雷蔵だから少し勘弁してほしいけど、確かに言っている事は正論だ。
俺は頷きながら楽しそうに話す藍を見つめる。
「それに先輩たちも見てるんだ、大丈夫さ」
「まあな」
そう、警戒してるのは俺だけじゃない。
六年の塩江先輩や立花先輩たちも見張っているらしい。
は組の善法寺先輩あたりは分からないけど。
不運委員長と異名を持つ先輩だけど、この学年に六年もいるお人だから何かあっても対処は出来るだろう。
『あ、あの久々知君』
「ん?」
『あのね、話したい事があるんだけど…いいかな?』
「…いいよ」
##name1##は俺だけを苗字で呼ぶ。
俺が警戒していると知ってか、いつも話しかける態度はおどおどしたまま。
そんな奴が俺を部屋に呼び出すとは、どんな用事だろうか。
一瞬考えて、俺は縦に首を振った。
心配そうにはっちゃんや雷蔵が見ていたけど俺たちだけの矢羽音で大丈夫だと告げて一人部屋の藍の部屋へ向かった。
さあ、何が起こるんだろうな。
懐に入れた寸鉄を確かめて必要最低限の物しかない部屋へ足を踏み入れた。
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