一応出された食事は毒も何も盛ってはいなかった。
風呂を済ませ、部屋に戻ると真ん中に敷かれた布団が目に入る。

藍はもう少し時間がかかるだろう。






「…はぁ、どうすればいいんだ」





確かに情報収集が課題だから、夜は大人しくしている時間は余りないとは言え流石に同じ布団は…

思わず頭痛がした俺はその場で頭を抱えしゃがみこんだ。






『…』

「っ、誰だ!」

『わっ、兵助?』





ふと後ろから気配もなく現れた藍を曲者かと思い、馬乗りになる体勢で布団の上に押し倒してしまった。

風呂から出たばかりの彼女の赤に染まる頬と艶やかな唇、そして投げ飛ばしてしまったせいではだけた胸元やさらけ出された太股は俺の思考を難なく奪い去る。






『へい、すけ…』

「なぁ、誘ってるのか?」

『え?』

「いくら夫婦のふりとは言え晒も巻かずに部屋に帰ってくるなんて」

『っ、や…』






俺の言葉に目を見開く彼女を見て、ダメだと頭では分かってる筈なのに体を這うように動かす手が止まらない。

柔らかくて滑らかな肌、男とは全然違う体のつくり。


顔を近付けて、唇が触れるか触れないかの所で喋れば藍の吐息が更に俺を煽る。






「折角我慢してるのに。もしかしてそれもくのたまだけに課せられた課題だったりするのか?」

『っ、何言ってるの…そんな訳なっ、ぁ…』

「可愛い、藍」

『ひ…や、だめっ!』






はだけた胸元に手を滑らせながら彼女の唇に自分のそれを重ねようと、



――――ゴッ





『…え、』

「悪い、俺どうかしてた。藍は一人で布団使って」

『兵助?』

「ちょっと頭冷やしてくる。大丈夫、すぐ戻る」






唇が触れ合う瞬間、自分で自分の頬を殴った。
それを間近で見ていた藍は目を潤ませたまま見開いてただただ俺を見ている。

それに振り返ることなく、襖を開けて外に出た。


今は実習中だと自分に言い聞かせて、熱くなった体の火照りを冷ます。




あの時の藍の顔が消えない。

閉じられたままの襖に背中を預けて座り込む。






「………は、」






思わず自嘲の笑みが零れる。
何をしているんだと自分でも思うけど、言い訳をすると彼女だって悪いと思うんだ。

俺じゃなかったら絶対襲われてるぞ、あんな無防備な姿で二人っきりになるなんて。


でもあの時留まることが出来なかったら、どうなっていたんだろうか。
今思い返すと別段そこまで嫌がっていなかった気がしなくもない。

もしかして、なんて顔を上げてすぐにそれは打ち砕かれた。



今は夫婦という設定がある。
あそこで嫌がっていたら実習が終わってしまうと思ったのかもしれない。彼女は何だかんだで真面目だからそっちを優先すべきと判断したのかもしれないのだから。


お互い五年生にもなれば色の実習だってしている筈。

そう思って心が痛んだ。



あの妖艶な姿をほかの誰かに見せたんだろうか。いや、見せたに決まっている。






「は、」






付き合ってもいないのにそこまで考えてしまうなんて俺らしくない。
そう思って再び漏れた笑いを何者かの気配で止めた。

耳を澄ませば聞こえる話し声。





『(兵助)』





ふと矢羽音が襖のすぐ近くから飛んでくる。
おそらく藍も気配に気づいたんだろう。

俺は思考を実習に切り替えて音もなく開いた襖の中へ体を滑り込ませる。


そこには晒しを巻いてきちんと襟元をしめた彼女が真剣な顔をして膝立ちしていた。





「(もしかして何かの話し合いか?)」

『(恐らく。きっと一度私たちの所に来るはずだから、布団に入ろう)』

「(分かった)」





そう言われ布団に滑り込む。
人の心というのは不思議だ。さっきの雰囲気は一切なく、夫婦としての仮面を貼り付け仲睦まじく寄り添っている。

まったく変な気分にはならないことに少し安堵しながら、部屋の前まで来た気配に耳を澄ませた。





『兵、助…』

「、んっ!?」

『好き』





俺たちの部屋の前でその気配は止まったまま動かない相手に眉間に皺を寄せた。
瞬間、唇が柔らかい何かと触れ合い思わず目を見開く。

何事かと藍を見れば顔を赤くした彼女が柔らかく笑う。


今、なんて…




「藍…?」

『優しくて、かっこよくて…そんなあなたが大好きです』





ぎゅ、と握られた手からは演技のような感じはしない。
彼女の顔はいまだに微笑んだままで、俺の言葉を待っている。

外の気配はいまだに動く気配は見せない。




「…俺は、愛してる」

『ふふ、知ってる。前から、ずっと』




気持ちが伝わるように額を合わせながらそう伝えれば、いたずらっ子のように笑う彼女に思わず実習中だということを忘れそうになる。

もしさっきの言葉が演技だというのならきっと前からなんて言葉でない。


俺はゆっくりと藍の体を抱き寄せる。

知っていたんだ、俺の気持ちを。





『兵助、ありがとう。私を想ってくれて…』

「うん…」





きっと外の気配には夫婦の睦言に聞こえるだろう。

ふと気配が遠ざかって行ったのを確認しながら彼女の目から流れたソレを舐めとる。
思わぬ所で繋がったこの気持ち。





「絶対離さないけど、いいの?」

『そうじゃなきゃヤダ』

「…ん」





にへらと笑った藍に今までの思いが伝わるように優しく口づけた。








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