「ここか」





何とか理性を保った俺は彼女と屋敷の前の茂みに身を隠していた。
ここに来る迄色々と設定を一条さ…藍が考え、その上で俺が作戦をたて、彼女が少し手を加えたもの。



作戦はこうだ。

藍は妊娠初期の奥さんで、俺たちは実家に帰る途中。
しかし少し歩きすぎたせいか、腹が痛むと蹲ってしまい動けない状況。
謂わば禁宿に取り入る習いを応用編にしたものだ。


しかしくのいちは座学が忍たまより多いと言うけど、作戦を立てる頭の回転の早さやそれに当てる作戦の知識は一朝一夕で培われるものではない。


きっと男じゃ考えも付かないような設定に俺はただ感嘆の言葉をこぼした。

彼女はきっとくのいち教室でかなり優秀な方なんだろう。






「じゃあ、行こうか」

『うん!宜しくね、旦那様?』

「あまりからかわないでくれよ…」

『ふふふ』






悪戯っ子のような笑みのお陰なのか、練習よりも自然に藍の腰に手を回し歩き出す。

男とは違う感覚に指先が一瞬離れそうになった所を彼女が優しく左手を置いて包んでくれる。

本来なら男の俺が引っ張っていかなくてはならないのに。そう思って気を引き締め、少しだけ歩きずらくない程度に引き寄せた。






「藍、大丈夫か?」

『はい…ありがとうございます』

「気にするな、お前は身重の体なのだから」

『兵助さん…』





新婚ほやほやな会話をしながら屋敷の前を歩いていく。
門番が俺達を目を細めて見ている限り、おそらく違和感はないのだろう。

しかしこの雰囲気まるで本物の夫婦になったような気がして、何だか照れ臭い。
もし付き合えたらこんな感じなのかと考えた所で思考を強制終了させた。

少し門を通り過ぎたところで作戦を実行するため矢羽音で合図を送る。






『…っ、』

「藍!?」






過剰かと思われるくらいの大きさで彼女の名を呼ぶ。本当に痛そうに踞る藍の背を擦りながらどうしたと声を掛ければ、塀の向こうから人の声がし始めた。

ここまで首尾は良好。






『お、お腹…が』

「すまない、無理をさせてしまったか…」

「どうかしたのか?」





来た。
俺達を見守るように見ていた門番だろうか、心配そうな声が後ろから飛んできて、藍を見ればバレない程度に口許を歪めている。

…俺達を騙す時もこんな風に笑っているのかと考えが過ったが、今は忍務中だと焦った表情を門番に向けた。






「あぁ、すみません。ここら辺に休める茶屋はありませんでしょうか…妻は子を宿してまして」

「ここから茶屋は少し遠い。暫し待て、私が主に聞いてきてやろう」

『あ、ありがとうございます…』

「俺も妻と子供がいる。お前が気にするのは子の事だけにしておけ」

「助かります」





門番は背を向けながら敷地の中へと入っていく。
雇われ門番なのだろうか、藍の腹に視線を向ければ自分の家族を思い出したのか優しい顔をしていた。







『(何だかいい人そうだね)』

「(そうだけど、気は許すなよ)」

『(勿論!)』






労るように背を擦りながら飛んできた矢羽音に同じく返せば美しい笑みを浮かべる藍が居た。
こんな風に微笑まれて、もしこの実習の相手役が俺じゃなかったとしてもその男はきっと恋に落ちてしまうんじゃないだろうか。






「おい、お前たち」

「はい」

「主が1日泊まっていけとお許しを下さった。女、歩けるか?」

『はい、ありがとうございます…お優しい方にお逢いできて嬉しいですわ。ねぇ、兵助さん』

「そうだな。すみません、暫くお世話になります」

「例は主に言え。足元気を付けろよ」






門番の男は礼を言った俺達に照れ臭そうにすれば、気遣いながら屋敷に案内してくれた。

課題は屋敷の調査。
その標的にされるのだからそれなりに怪しい筈だが、この男からは特に悪意は感じられない。

とすれば、一部の人間か。そう考えて俺達が屋敷を歩いているのを見ている人間に目を向ける。

勿論旦那としての顔を張り付けるのも忘れず。






「ここが客間だ」

「こんな旅の者にここまでしていただいて、是非とも屋敷の主様にご挨拶をしたいのですが…」

「そうか、なら女はここで待っていろ。少ししたら女中がやってくる。何かあればそいつに言え。お前は俺についてこい」

『ありがとうございます』

「少し待っていてくれ、藍。少しでも休むんだぞ」

『はい、あなた』






通された座敷に藍を座らせ、ここの主に礼をしたいと言えばあっさりと頷いてくれた門番に二人で頭を下げゆっくりと立ち上がる。

彼女の腹を撫でるのも忘れずに。







そして前を行く男について歩きながら辺りの気配を探る。
これだけの屋敷だ、忍がいても可笑しくはない。

来たとき同様怪訝な顔をした奴らや、ひそひそと話す声。
たまに間者かと聞こえる声は今回の課題対象だ。顔をバレないように盗み見て脳内に入れた。









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