風が一陣、俺たちの間を駆け抜けた。






「皆、行こう…!!」

「佳乃お姉ちゃん?」

「約束したじゃない!!母様と、じいじやお兄様たちに!」





佳乃ちゃんの言った約束、その言葉に子供たち全員が口を結んだ。
あけ里さんは俯いていて表情こそ見えないけど泣いている気がした。

話の分からない俺たちは彼女、彼らの言葉を待つしかない。





「そうだよ。母上や誠士郎さん、かが里さんと約束しただろ…どんなに苦しくても全員で幸せになるって!!」

「で、でも…」

「かあしゃま、ぼくたちのしあわせ…うれしいって言ってたよ」

「かが里にいちゃん、千里笑ってるの一番好きって言ってた…」

「か、が里…さま…」





あびる君がにこにこと嬉しそうに渋る千里ちゃんの袖を引くと、それに続くように夜斗君が手を伸ばし頭を撫でた。
その光景は忍術学園でも見たことがある。


夜斗君を解放すれば俺の前に雷蔵と八左ヱ門、中在家先輩と立花先輩が進み出てきた。





「君たちは僕たちが安全なところに連れて行くよ」

「おう!任せとけ!!」

「…私も行く」

「お前たちだけじゃ不安だ。竹谷と不破と私は一人、長次お前は軽い二人を頼むぞ」

「お前たち、先輩…」

「それなら囮も居た方がいいな!!」





驚いて声を掛けようと手を挙げれば、この場に似つかわしくない大声が飛んできた。
誰かなんて決まってる。七松先輩だ。

俺の肩を掴んだ七松先輩に振り向くとそこには勘右衛門と潮江先輩の姿。




「それなら俺も行こう!小平太だけでは不安だしな」

「あ、じゃあ俺も行っときますね。めんどくさい事にならないように、冷静な人間一人は必要でしょ?」

「む、まるで私たちが暴走するみたいな言い方だな!」

「尾浜、頼んだ」

「仙蔵お前な…」






それぞれの獲物を持って不敵に笑う三人に言葉が出ない。
子供たちを連れて行く四人も、囮を担うと言ってくれた三人だって宵月や心に傷を負った後輩たちの仇を取りたいと思ってるはずなのに。

ただただ俺は頭を下げた。





「皆さん、僕たちは母上たちとの約束を守らなければなりません…」

「どうか、私たちをお願いします…!!」

「それが…これまで愛情を注いでくれた皆様に出来ることなのですわ…」

「でも、お兄ちゃんたちも怪我しないでね」

「あい!!」

『あぁ、任せておけ!俺たち(私たち)はなんて言ったって宵月さんの後輩だからな』






全員の頼もしい一言に子供たちが小さく頷いた。
あけ里さんを見れば、少し目を赤らめ笑っていた。






「あけ里お姉ちゃん!」

「私たちは絶対に生きて幸せになりますわ!」

「わっ!!」

「皆は僕が守ります、ちゃんと!生きて!!」

「僕も〜」

「「大好きなお母さんと、お姉ちゃんとお兄ちゃん…じいじとの約束だから!!」」






満面の笑みの子供たちには、きっと分かっているんだろう。
もう自分たちの母親や、年上の家族はいなくなってしまったと。目の前にいる姉が、痛みをこらえ自分たちを守ってくれた腕が二度と頭を撫でてくれないことを。

あけ里さんは力強く頷いて大きな滴を零して綺麗な笑顔を見せた。

そして子供たちを避難させる四人が抱き上げるのをただ見つめ音もなく唇を動かした。





≪ あ い し て る ≫




確かに、子供たちはそれを聞いて俺たちに頷いた皆が走り出す。
それに合わせるように、囮役の三人が飛んだ。





「頼んだぞ」




飛んできた矢羽音に、片腕を上げれば気配が散らばっていった。
必ず、俺が。俺たちが果たして見せる。
皆の想いを全てこの苦無に込めて。


気配が完全に消えた頃、人の体が地面に倒れる音がした。
その音のほうを見れば息を荒くしたあけ里さん。





「あけ里!!」

「り、きち…さま」

「っ…よく、耐えたな。きっと宵月も見てたぞ」

「宵月、さま…が…言ってました…」





絶え絶えに聞こえる言葉が、震える唇がもう長くないことを悟らせる。
利吉さんに頷き、笑みをのせると黙ってみていた俺に視線をよこしたあけ里さんの言葉を聞き逃さないために、ゆっくりと近づき膝をついた。





「久々知様に、また会いたい…と…謝る資格もないのに、と泣いて…おられ、ました」

「そんな…謝る、なんてっ」

「愛しておられたの、ですね…互いに、互いを…これ、以上ない程に」





羨ましいです、とあけ里さんが笑う。
いつの間にか寄ってきた伊作先輩が大きな瞳から涙を流している。

後ろに立っているであろう食満先輩や三郎も小さく嗚咽を漏らす。





「み、なさんに…誠さんも、呉座殿も…かが里も…そして私も、感謝して…ます」

「あけ里さん、もう喋らなくていい!」

「っ…宵月様が、あの様に笑う事こそ…我らの、幸せでした」





今まで堪えていたものが溢れそうになる。
口の端を伝う赤い筋が彼女の涙とともに地面に落ちて吸い込まれる。その光景があの時の宵月の姿と被って見えてしまうんだ。

行かないで、出そうになる言葉を必死に飲み込む。





「もっと、…お話がしたかったです…宵月様が愛しておられた久々知様に…、嬉しそうな顔をさせる、学園の子たちに……」

「俺も、俺たちもあけ里さんたちにもっと早く会いたかった!!」

「私にも話していたよ、自慢の弟や妹たちだと。親だと」

「あぁ…そ、れが聞けただけで私たちは……」

「、あけ…里さん?」

「あけ里さん!?」





ポロリ、嬉しそうな笑みを見せたあけ里さんの頬を一滴零れ落ちた。

そして、もう二度とその瞳も唇も開くことはなかった。
彼女の表情はとても安らかだった。










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