彼女は大切なものを守るために、自分の命も部下の命も差し出した。
きっと彼女の事だから、部下たちは置いてこようとしたに違いない。





「利吉さん、俺…行きます」

「…そう言うと思ったよ。でもそんな事をして彼女が喜ぶと思うのか?」

「間違いなく怒られますね…でも、私は宵月を奪った黒幕が憎い。そしてそれ以上に、何と引き換えても私たちを守ろうとした宵月の大切な者たちを、俺は…守りたいんです」

「っ、そうか…それなら私は止めない。父上や先生方には私から説得しよう」

「はい、ありがとうございます…っ」





真剣な利吉さんの目に視線を返しながら、俺は握った手に力を込めた。
復讐ではない、伝わるように言葉を繋げば分かったのか、利吉さんは真剣な顔を緩めて頷いてくれる。

応援してくれる利吉さんには申し訳無いが、この事を反対されても、学園を去る事すらいとわない。
復讐ではないと遠回しに告げても、やはり憎しみは消せないんだ。

俺は、何があっても宵月を貶めたそいつを殺す。





「では支度をするので…」

「待て」

「し、潮江先輩…?」

「お前一人で何が出来る」




頭を下げ、立ち上がって着替えをしようと背を向ければ後ろから思わぬ人に声を掛けられる。

振り向いた先で言われた言葉に一瞬詰まりそうになるけど言い返そうと口を開く





「俺は」

「冷たいな、兵助は」

「三郎?」

「私たちも共に行くという事だ。文次郎、お前は遠回しに言いすぎだ馬鹿者」

「立花先輩…」

「私も勿論参加するぞ!」

「うん、決まったなら早く支度をしよう。各自用意が終わり次第兵助の部屋の前に集合ね」

「ちょ、善法寺せんぱ…!」




握り拳を突き上げて大声をあげる七松先輩。
何故かとんとん拍子に進んでいく話に俺は頭がついていけないまま、いつものどんくささなんて微塵も感じさせない善法寺先輩の言葉でその場に居た全員が一瞬で姿を消した。




結局時間もない俺は黒い忍び装束に着替える。

後ろには宵月。
そっと彼女の頭巾を外し、それを自分の腕に巻き付けた。





「宵月、力を貸してほしいんだ」





柔らかな髪を撫で冷たい額に唇を落とす。
必ず子供たちは助けて見せる。
そう胸の中だけで誓って、静かに立ち上がった。



襖を開ければ、そこにはもう集まったのか同じように黒の装束をまとった同級生に先輩の姿。
今、なんとなく宵月の気持ちが分かった気がしたよ。

俺はその場に正座をして先輩たちに問いかけた。




「…一つだけ、よろしいですか?六年生は大切な時期です。こんな事に加担して、先輩方の進路に響くのではないのでしょうか…そんな事になったら、私は宵月に叱られてしまいます」

「え、そんな事気にしてたの?気にしないでいいよ。僕達もこのまま黙ってるなんて出来ないしね」

「伊作の言う通りだ。戦いこそが忍の道だろう」

「叱られないようにすればいいだけじゃないか。何、全て消してしまえばいい」

「教えてやろうじゃないか、我等を敵に回すとどうなるか」

「そうだ!この忍術学園に仇をなすものはどんな事をしても、潰さなきゃならん。なぁ、長次」

「……あぁ。それに下級生まで狙われて、黙ってる訳にはいかない…」





伊作先輩の穏やかな笑み、食満先輩冷ややかな瞳、立花先輩のいつもとは違う妖艶な目、潮江先輩の漲る殺気、七松先輩の楽しそうな顔とは裏腹に漂う狂気、中在家先輩の静かな怒り。

優しくも厳しい先輩たちだが、こんな風に本気で怒っているところを見たことはあっただろうか。





「ありがとうございます…」

「兵助、私たちにはないのか?」

「三郎…皆…」





六年生に向かって頭を下げると、後ろから消して軽くはない重さが背中に掛かった。

それが三郎なんて振り向かなくてもわかる。

ふと顔を上げれば俺の目の前に皆が立っていた。





「まぁ来るなと言われた所で聞けないけどね。俺だって上級生だし、黙って待ってろなんて無理な話でしょ」

「今回は楽だね、迷わず苦無を振っていいんだから」

「おほー、言うな雷蔵。まぁ俺たちも宵月さんの後輩だからな…たっぷり忍らしくお返ししてやろうぜ!なぁ、お前らも腹…減ってるだろ?」





俺の肩に手を置いた三郎は狐の仮面をつけ表情は見えない。けど確かな狂気が見える。
それに続くように穏やかな笑みとともに怒りを隠す勘右衛門、そして三郎と同じ狐の仮面を頭につけいつもと変わらない態度の裏に残酷な言葉を乗せる雷蔵、その背中に寄り掛かる八左ヱ門は威嚇するように唸る獰猛な獣を従えてる。

六年生とは違うその殺気に思わず笑みが漏れた。





「さぁ、兵助。私たちの力を見せてやろう。そして後悔させてやろうじゃないか。宵月を利用した罪、そしてこの忍術学園を襲った罪は重いのだと」

「…あぁ、そうだな。皆、ありがとう」




頼もしい。
きっと宵月が生きていたら怒られるかもしれない。けど、俺たちだって守りたいんだ。
もう二度とこんなバカげた事を起こらせないために。それによって、悲しむ人が出ないように。

彼女の大切なこの学園と、後輩たちを守るために。
彼女の残した、大切な子供たちを守るために。





「遅れてすまないね。私も手伝おう」

「利吉さん…」

「今父上や先生方は来れないし、今回だって利害の一致はしてるしね。何て言ったって私の雇い主はまだ宵月なんだから」




音も無く現れた利吉さんに頭を下げる。
利害だの何だの言ってても今回だけはそんなもの関係なしに彼は付いてきただろう。

宵月を未だに慕うこの人たちに、嫉妬ではない感情が沸き上がる。






「宵月、この子達は私が責任をもって必ず君の元へ帰すよ」

「少し待っててくださいね、宵月先輩」

「俺達のいいところ今度こそは見せますよ、宵月先輩」





各自の武器を手に取り、宵月に背を向ける。
俺は六年生の間を通って利吉さんと共に先頭へ立った。




「宵月、行ってきます」




振り返らずに一言だけ告げて学園を飛び出した。
向かうはカラハツタケ城。

必ず、帰ってくるから。

どうか後輩たちを見守っててやってほしい。





〈お気をつけて〉





塀を飛び越えた瞬間矢羽音が飛んできて、紫色と草色の装束が地に膝をつけ見送ってくれるのを視界の隅で捉えた。


今の三年生までは宵月が学園に居た頃からの後輩だ。
ちらと見えたまだ小さな拳が俺達の走るスピードを早める。必死に自分も行きたい衝動を押さえ、俺達を見送ってくれた彼等も、彼女を大好きな二年生や一年生の下級生にも、少しでも笑顔が戻るように願って、俺達は走った。










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