すがるように宵月を抱き締めると、後ろから嗚咽が聞こえる。







「お前達だって…先輩達だって…イヤだろ、あんな宵月…」

「っ、」

「三郎、お前だって宵月が好きだったんだろ」

「な…、」

「分かるさ。と言っても気付いたのはさっきだけど、宵月の名前を呼んだお前は昨日の俺と同じだった」







驚いているだろう三郎に背を向けたまま、俺が作ってしまった彼女の頬傷を撫でる。できる限り優しく。
目元に触れても宵月の瞼が震えることはない。
分かってるんだ。何もかも。

分かってしまうんだ、今になって全て。








「宵月…」







彼女の傷だらけの顔に透明な雫が落ちる。
それが何個か固まって大きな粒となって宵月の頬を伝って畳に落ちた。

最後まで俺に何も言ってくれなかった。

彼女は俺に与えるばかりで、与えさせる事をさせてもらえなかった。




その時、宵月の装束の懐から橙色の櫛が落ちた。






「…櫛?」







善法寺先輩の不思議そうな声が聞こえる。
武器にもならない小さな可愛らしい櫛は、何かの焼ける臭いや血痕が落ちるこの場に相応しくなく、不思議な存在感を醸し出していた。







「俺、それ知ってるよ」

「僕も」

「私も」

「俺もだ」






ぽつりぽつりと聞こえる声に俺は耳を疑った。
これは二人きりの時に渡して、贈り物をした事は言ったかもしれないけど櫛たとは一言も言ってないはず。

少し考えて行き着いた答えに宵月を抱えたまま崩れ落ちるように膝をついた。







「宵月さんが見せてくれたんだよ…兵助がくれたって」

「お前が風呂に行ってるときに、わざわざ俺達捕まえてさ」

「私はその櫛を胸に抱き締めていた所を見た…」

「僕も」






ーーーー兵助が、くれたんだ。
そう言って目を細める宵月が頭に浮かぶ。落ちる雫は止まるどころか激しさを増すばかり。







「っ、ああああああああああああ!!!!!!」







もう二度と、宵月の笑顔が見られない。
もう二度と、俺の名前を呼んでくれない。

別れを告げられた時に同じ事を思った。


でも、彼女はあの時確かに息をしていた。
確かに…生きていた。







「どうしてだっ!どうしてっ…何でっ!!」







きっと側に下級生だって居るだろう。
男にしてはまだ高い泣き声が聞こえているのだから。それでも流れ出した言葉は止まらない。


何を言っても、何を後悔してももう全てが遅いのに。







「俺や、っ…学園の皆を愛してくれてたなら…何で、何で頼ってくれなかった!?何で…!俺は気付いてあげられなかったんだ!!!!!」







宵月を知った気でいた。
他の誰よりも俺は特別なのだと思ってた。

それがどうだ、結局俺は何も出来ずに…挙げ句気付くことすら出来なかった。







「兵助君」







俺の叫びに静まった空間を、聞き慣れた優しく低い声が響いた。







「利吉さん…?」

「遅くなってすまない。君に、君達に話さなくてはならない事があるんだが…聞いてくれるか?」

「それって今回の事ですか?」

「あぁ。宵月達をこうさせるしかない程に追い込んだ黒幕の正体の事だ」






驚きのあまり目を見開いた俺達に、いち早く我にかえって言葉を発したのは善法寺先輩で。

普段優しい笑顔や不運の印象が強い彼の六年生らしさを垣間見た気がした。


穏和な表情は消し去り、忍としての面を貼り付けているような無表情。







「…その前に、謝らなくてはいけない」

「利吉さんが?どうして…」

「私の所に文が来たんだ。宵月から…」






利吉さんが立っていた場所に座り込んで手を膝の上に乗せたその行動が俺達の言葉を失わせた。

どうして利吉さんがそんな顔を俯かせ、地に膝をつけるような事をしているのか誰も検討がつかないのだろう。


六年生だって例に漏れず目を丸くしてただただ利吉さんの言葉を待っていた。







「その手紙を読んだ私は、宵月が学園を襲撃する事を知った」

「っ、!?」

「な…何で…」

「そして、その理由も知った」






理由。
宵月は忍務だと言った。

そこで気付く、何個ものおかしな点。







「宵月は…忍務だと」

「兵助君、君だってこんなふざけた忍務彼女が受けるわけがないと分かってるだろ」

「…受けるしかない状況に、追い込まれた…」

「そう。これから言うことは、誰のせいでもない。特に兵助君、君には辛いことかもしれないけど…知る権利が君にはある。いいね?」






山田先生と似たつり目が俺を見る。
本当は少しだけ怖い。真実が。
子供たちの事だけではないんだろうと、そんな風に察しがついてしまったから。

利吉さんが俺を見る目が怖かった。
怒りではない、その目が。

それでも俺は




「…大丈夫です。俺は、知りたい…宵月の事。宵月をこんな風に苦しめた、その理由を…!」







例え俺が原因だとしても受け止める。
それが残された俺に出来る宵月への精一杯の事。
そして何より俺が宵月を知りたいんだ。











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