「三郎…?」

「僕も、そう思うな」

「雷蔵まで…」







私が言った言葉に心底驚いたような顔をする兵助。
その反応も当たり前だろう。

私はあの女との関わりを出来るだけ避けてきた人間なのだから。






「私達は兵助よりあの人の事は知らない。でも兵助の次に私達はあの人を見てきた」

「少なくとも、僕たちには宵月先輩が迷惑そうにしている顔なんて一度も見たことないよ」

「ここに居る誰もが、あの人の考えなんて分からない。女心は何とやらと言うからな。だからと言って、そう自分を責めるな、兵助。私達がここに居るんだぞ」

「そ、そうだ!俺達が居るぞ!」

「俺なんか五年も同室だしね」

「もう少し、頼ってくれていいんじゃないかな」






そう、あの女の気持ちなんて分からない。
こうして兵助を苦しめるあんな女の気持ち、知りたくもない。

なのに一瞬、手を伸ばすあの女の残像が頭を過ぎった。







「僕たちが居るよ。代わりにはなれないけど、僕たちが居る」

「俺の団子…兵助に一つやるよ!」

「え、じゃあ俺は、えと!今日の夕飯の豆腐やる!!」

「みん、な…」





少しずつ、兵助の瞳に光が戻る。
そうだ、私達が居る。






「頼れ、私達を。何のための友だ」





どんなにドン底に突き落とされようと、何度だって私達が引き上げてやる。
突き落とそうとする奴らも私達が阻止して見せる。


私達はそうやって互いを支え合ってきたんだ。








「っ、あり…がとう…」









遮ってやる、こんな雨音なんか。







「食堂に、行こうか」

「そうだな!何せこれから実習だし」

「…あぁ、そうだった」

「皆、先に行っててくれるかい?僕と三郎、部屋に一度戻らなきゃいけないんだ」

「分かった」





やっと歩き出した兵助に続くように勘右衛門と八左ヱ門が部屋を出た瞬間、雷蔵に裾を掴まれた。

意味がわからず振り向くと、私の視線なんか無視して平然と嘘をついた。

微塵の疑問を考えさせないようなこいつの笑顔に恐怖を感じる。
私は顔を兵助達に向けて場所を取っておいてくれと頼むと、三人はいつも通り頷いて食堂に向かった。






「雷蔵?」

「三郎、もう嘘をつかなくていいんじゃない?」

「…いつ、私がお前に嘘をついた」

「僕、と言うよりは自分の気持ちに…かな」






あぁ、やはりか。
私は後ろを振り向いていないから、雷蔵がどんな顔をしているかは分からない。

だが言いたいことは分かってる。
いや、分からざるを得ないのが正しいかもしれないな。






「君は本当にガキ大将のようだね」

「どこぞの剛田と一緒にしないでもらえるか」

「そう言うところ、僕は嫌いじゃないけどね」





きっと雷蔵は私の心を見透かしているんだろう。
ずっと、ずっと否定してきた気持ちに。






「宵月先輩に近寄らない理由、嫌いだからなんかじゃないでしょ」

「…」

「見透かされそうで怖い、かな?」





こいつは天使の面を被った悪魔だ。
先輩で言うと善法寺伊作先輩と同じ種族だと思う。

腹に何か飼ってるんじゃないだろうか。






「でも宵月先輩と兵助の二人を見てるのも、きっと三郎は好きだったんだね」






そうでなければ、あんな言葉出てこないよ。と言った。

どうやら私は墓穴を掘ったらしい。






「雷蔵、お前に優しさはないのか…」

「ここまで来たら、もういいかなって」

「いいかなってお前な…」

「三郎、君は弱くなんかないよ」





本当に、末恐ろしい相棒だ。

その言葉にどれだけ私が救われたか、恐らく分かってないだろう。

私の視界が、滲んだ。







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