兵助が、泣いていた。いつの間にか降り出した雨に隠れるように小さく踞って。





「兵助…?」






どうして泣いている。
俺は驚いて兵助の名前を読んだ。

さっきあの人の気配を感じた。


何かあったのだろうとは思うが、兵助が泣いてるとなれば余程の事じゃないと有り得ない。






「さぶ、ろ…か…」

「どうしたんだ、何があった…」






何時ものように茶化してやる余裕が私にもなかった。
嫌な予感がする。

兵助が踞ったまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
その言葉に私は目を見開いた。






「別れを、告げられた…?」






あのいつも馬鹿みたいに寄り添っていた二人が。
兵助の前では最強も形無しと言われる程に女の顔をしていたあいつが。何故。

私は無言で頷いた兵助に背を向けて走り出す。


あの女の気配を追って。




















私は、あの女が嫌いだ。
兵助には流石に言うのを躊躇ったから、苦手だと柔らかくしたが。






『お前、鉢屋か?』






ひょっこりと気配もなく現れたあの女。

あの時も今のように雨が降っていた。


私が二年の頃、学園長のお使いの帰りにヘマをした。
近道を走り抜けていた私は、学園長の命を狙う何処かの忍に見付かり、しかもその計画内容を聞いてしまったのだ。


変装の天才と入学当初から言われ続けた私だが、それなりに体術も心得はあったが所詮子ども。

プロの忍に叶うはずがない。


必死でぬかるんだ地面を走り逃げた。

投げられた苦無が脹ら脛を掠め血を垂れ流す。



幸いなのは雨が降っていた為に臭いや血痕はかきけされる。


私は震える体を押さえ付け木の根もとに身を隠した。

大人の足と子どもの足では勝ち目はない。






「この辺に居る筈だ!探せ!」







近くでそんな怒声が飛ぶ。

変装をしたい所だが、生憎奴等は覆面をしていてどんな顔をしているのかが分からない。

村人に変装しても恐らく気付かれる。


見付かったら終わりかもしれない。
そう考えたらまた震えが止まらなくなる。







「うああああああああああ!!!!!」

「やめっ、やめてくれ!!いやだっ!!!ぎゃあああああああああ!!!!!」






突然誰かの叫び声が聞こえた。
許しを請う情けない声に、恐らく絶命した声。

何だ、何が起こっているんだ。

確認したくても私は動けない。
見つかってはいけない。






『お前、鉢屋か?』






なんの緊張感の欠片もなく掛けられた声は私の名を呼んでいた。

足元には紺色の袴が見える。

この色は、そう思って顔を上げれば黒々とした大きな目をぱちくりとさせた花杜宵月が居た。






「え、あ…花杜、せんぱ…」

『いい、話すな。怪我しているんだろう、こっちに足を出せ』

「は、はい…っ」

『止血するから少しだけ強く縛るからな。歯を食い縛ってろ』

「っ…」






頭巾を取り、適度な長さにそれを切ると私の足に縛り付けた。
もっと痛いのかと思えば、優しく丁寧なその処置に冷えきった体に温かさが灯った。


伏せられた目を覆う長い睫毛、雨のせいで濡れた黒髪が母上を思い出す。






『よし、よく耐えたな。首に手を回せ、背負ってやる』

「っっ〜!」

『雨で何も聞こえないから話しても無駄だぞ』





私はその女性らしい細い肩に両腕を回して泣いた。
二年のまだまだ子どもな私のプライドを傷付けないよう下手くそな棒読みで聞こえないと言った言葉に、安堵したのか大声で泣いた。

小さいはずのその背中に顔を押し当てて。




あぁ、私たちは今あの時花杜宵月が着ていた制服を着ているのか。














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