それから俺達は恋仲になって彼女の残り少ない学園の日々を過ごした。
1つ上の善法寺伊作先輩たちも彼女を好いていたようで、最初こそ視線が色々な意味で痛かったけど彼女はそれでも俺の側に居てくれる。
強くなるために鍛練にも付き合ってくれた。
彼女を越すためなら、自分の恋人にだって恥を忍んで教わる。
お陰で実技の授業も成績がまた上がったし、先生にも誉められた。
夜、六年生は実習があると聞いて一人鍛練をしていると、忍術学園の塀に人影が舞い降りた。
松葉色の制服に飛び散る黒い斑点。 風に沿って柔らかく靡く黒髪と、月の光に反射して橙に見える大きな瞳。
彼女だと、すぐ分かった。
絹のような白くて滑らかなあの肌に付着した返り血は彼女の美しさを引き立たせているんじゃないかと思っている俺は狂ってるのかもしれない。
「兵助ー?」
「あれ、勘ちゃん」
「まだ起きてたの?早く寝なよー」
「うん、ごめん」
同室の尾浜勘右衛門に振り返ると、眠そうに目を擦りながら戸を開いていた。 季節は冬、寒い筈なのに俺を探すつもりだったのか上着を羽織った姿に笑みが漏れる。
まだ居るだろうかと部屋に足を踏み入れながら彼女が居た塀を見れば、ぽっかりと浮かんだ月だけがそこにあった。
「宵月先輩待ってたの?」
「いや、鍛練」
「…兵助、幸せ?」
「かなり」
「なら俺も精一杯応援する。次一人で鍛練する時は誘ってね」
「うん、ありがとう」
衝立越しに話をする。
眠りそうなのか、少し掠れた声が俺の心に心地よく響いた。
そして月日は流れ、彼女達六年生の卒業の日。
色んな学年の忍たまが集まり精一杯の感謝を込めて先輩達を送り出す。
彼女も例に漏れず、沢山の後輩たちに囲まれていた。
「宵月先輩!たまには顔出してね!」
『勿論だ、小平太』
「私と今度手合わせを」
『そうだな、仙蔵とはまた手合わせをしたいと思ってた』
「…もそ」
『ありがとう長次。お前も元気で』
「に、忍術の修行にまた付き合って貰っても…」
『私は厳しいぞ?文次郎』
四年生の皆が彼女を囲み、どこか涙ぐんで言葉を紡いでる。
彼女はそれを目を細め頭を撫で、一人一人に目を合わせ返事を返していた。
嫉妬はしない。つって言いたいけど、三郎に肩を叩かれた辺りやっぱり表情に出てしまっていたのだろう。
「「宵月先輩っっ!」」
『伊作に留三郎』
四年は組の先輩方。 この二人は特に彼女を慕っていたな。
伊作先輩なんか顔から出るもの全部出しながら彼女に飛び付いてる。
だから三郎、肩を叩くな。
「僕…宵月先輩の事、すごく尊敬しててっ…そのっ」
『伊作、とりあえずその流れてる液体を拭け』
「あ"ぅっ…」
「宵月先輩、また俺たちに会いに来て…ぇぐ、くれます、か…っ」
『勿論来るに決まってるだろ。卒業してもお前達はいつも私のかわいい後輩たちだ』
「っ…!!宵月、せんぱいっ…」
『お前もか、留三郎…』
善法寺先輩に釣られたのか食満先輩まで鼻水垂らし始めた。 それを彼女と同じ学年の先輩たちが励ます。
やっと彼女の周りが落ち着き始めた頃、少し離れた所に居る俺たちの元へやって来てくれた。
『兵助、どうしたんだ?その顔は』
「宵月先輩がモテるからヤキモチ妬いてるんですよ」
「お、おい!雷蔵っ!」
『なんだ、違うのか』
「兵助は照れ屋だなー!」
「はっちゃんは黙ってろよ!!」
彼女が俺たちの目線に屈んで、柔らかく笑う。 あぁ、その笑顔は俺だけのものなのにって思って回りを見れば皆驚いた顔をしてる。
まあそうだよな。 俺以外に笑いかける事は彼女目を細める程度しかしないし。
そんな少しの優越感も交ざって口元がにやける。
「宵月先輩って、そんな顔して笑うんだ…」
『失礼だな尾浜。私だって彼氏の前では女らしくありたい』
「えへへ、すいません」
「か、彼氏…!!」
『私は何か可笑しいことを言ったか?』
小さく首を捻る彼女に俺はたまらなくなって抱き付いた。 ホントは抱き締めたいけど、悲しいかな俺はまだ彼女より背は小さい。
『お前達ももうすぐ四年生か』
「あっという間に宵月の身長越すよ」
『身長だけか?』
「実力だって越す!」
『うん、楽しみだ』
「兵助ー、相手は宵月先輩だぞ?そう易々と越えられる訳ないだろ」
「黙れ竹谷」
「冷たっ!」
そんなやり取りに三郎を除いた全員が笑う。
何故だか三郎は彼女といつも距離をおいてる。 三郎曰く嫌いではないが苦手らしい。
雷蔵が困ったように笑って三郎を見ていた。
『鉢屋』
「…何ですか」
『皆を、宜しくな』
「…っ、言われなくたって」
『全く、可愛いげのない奴だ』
彼女は三郎の頭をくしゃりと一撫でして、また俺の所に戻ってきた。
あぁ、そろそろ出発する時間か。
『兵助、文を出すから拗ねるなよ』
「なっ…拗ねるなよって俺はもう子どもじゃない!」
『ふふ、そうだな。また会いに来る』
「…うん」
「宵月先輩、俺達にも会いに来てくださいよ!」
『勿論だ。それじゃあ、私はそろそろ行くよ』
俺と三郎以外皆目を潤ませてる。 きっと皆も彼女が大好きなんだ。
だって其ほど彼女は魅力的だから。
『 』
「、!」
矢羽音。 俺と彼女だけの、暗号。
「 」
俺が同じ様に矢羽音を出せば、彼女は柔らかく微笑んで学園を去っていった。
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