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 言わない。だって、言えないから。

 予想外の告白に頭が真っ白になった。言葉はおろか文字も消えた。「えっ」と言ったつもりで言えなかった。それくらい驚いた。熱に浮かされたような彼の視線が何もない空間に注がれていた。ガヤガヤとした居酒屋、座敷の長テーブルの端に私と彼は向き合って座っていた。左側ではサークルの仲間たちがなにかどうでもいいことで騒いでいる。汗のかいたビールジョッキに彼が手を伸ばす。そこでようやく「そうなんだぁ」と答えることができた。ようやくと言っても、多分さして時間は経っていない。沈黙は一秒程度だった。こういうときは普通声が上ずったり、反応が遅れてしまったりするのだろう。心の裡で冷静に思う。ホントに可愛げがないなぁ。

「いやぁ、そうかなぁなんて思っちゃったりしてたんだよね〜。さっすがサワラさん、読み通り!」
「えっ、マジかよ……勘良すぎだろ」
「おねーちゃんをナメちゃいけないな〜。かわいい妹にまつわることはちゃーんと見てるのよ」
「本当かなわねーよ」

 彼が笑いながら小さく両手を挙げた。そういうおどけた動作を純粋に愛しく思う。

「でも、いくらナツキくんでもカジカをはあげられないなぁ」
「おいおい、そう言うなよ。俺、結構いい彼氏になるよ?」
「そんな覚悟じゃダーメ。そこでいいムコになるよくらい言わないと」
「いくらなんでも気がはえーよ」

 私の目尻が下がる。ナツキくんの照れた顔がかわいらしくて、つい。同時にチクリと心臓に痛みが走った。

「サワラはいねーの、好きな奴」
「ヒ・ミ・ツ」

 いかにも意味ありげにちらりと皆の方を見る。ナツキくんがそれに引っかかったことに安心しながら、テーブルの下で拳を軽く握った。



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160805
フォロワーさんが「リナリア」という題の話を書いていたから、真似して。
リナリアの花言葉「私の恋を知ってください」


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