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サラリーマン荒北の独りクリスマス。
自己満につき注意
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 聖夜の風が冷たく電飾で彩られた街を吹き抜ける。先週頭から寒波が到来したせいでぐっと冬めいた気温になり、恋人たちが肩を寄せ合う口実がまた一つ増えた。そのおかげもあってか、平日の夜だというのにそこかしこに楽しそうな男女の姿。今日はクリスマス・イブだ。荒北は特に予定もないので、家路についていた。身体が冷え切ってしまわぬうちに駅へと足早に街を歩く。毎年ホリデイシーズンになると、木々は電飾を着飾り、人々は浮かれ出す。たまたま開いた自動ドアの奥からはクリスマスソング。荒北はどいつもこいつも浮かれポンチかヨと内心悪態をつく。クリスマスに独りだと寂しいとかみじめだとか、そういう世間一般の感覚は荒北にはなかった。荒北にとって今日は平日の水曜日、明日は平日の木曜日――金曜日はやっと仕事納めだ、嬉しい。クリスマスなんて馬鹿馬鹿しい、日本人はいつからクリスチャンになったんだというひねた考えがあるわけでもなく、ただ単に荒北にとってクリスマスというイベントがそれほど重要度の高いものではないだけだ。荒北は世間の波よりも自分の意志を大切にする男である。そこそこいい年であるにもかかわらず独身で、恋人もいないせいだと言ってしまえば、それきりなのかもしれない。

 駅までの最後の信号が目の前でちょうど赤になってしまい、荒北は歩道の先頭で立ち止まった。コートの袖をずらして時計を確認すると、いつもよりも多少早い時間だったので胸が躍った。溜めていた洗濯物を一気に済ませられるし、ずっとやろうと思っていた段ボールの整理も、その後はゆっくりと録り溜めているDVDでも見て――ったく、クリスマス様様だぜ。車道の流れが止まった気配がして顔を上げると、視線の奥の方に駅前の白いツリーの先端が見えた。そして正面には仲睦まじく腕を組む一組のカップル。クリスマスだねェ、心でそう呟いた途端、荒北の意識はそれが当たり前かのように過去に引き戻された。


 何年前のクリスマスの出来事か、荒北はもう覚えていなかった。大学二年か三年の彼は静岡駅から歩いて十分そこらの公園に当時付き合っていた彼女とイルミネーションを見に行った。その日も寒く、彼の元カノである奈緒はあのカップルの女性のように荒北にくっついて離れようとはしなかった。奈緒は無邪気で、荒北も若かった。二人でわいわい話しながら見たクリスマスイルミネーションは、突き詰めていけばただの電飾のくせに荒北にも奈緒にも美しく素晴らしいものに思えた。この電球の一つ一つは自分たちのために輝いているかのように錯覚していた。とっくに忘れていると思っていたのに、荒北は急に奈緒が懐かしくなった。あの頃はあらゆるものが新鮮に感じていた。奈緒といれば何も怖くないと思ったことさえあった。奈緒の全てを知り、理解しようと努めていた。愛おしい時間に終わりが訪れることも知らずに、荒北なりにがむしゃらに奈緒を愛していた。若かった。若さゆえのエネルギーにあふれていた。


 周りの人々が歩き始めて、荒北もつられて足を動かす。横断歩道を渡り終えたのとほぼ同時に、荒北の後ろから一人のサラリーマンが小走りで通り過ぎて行った。手に提げているのは真新しい紙袋。吸い込まれるように駅へと急ぐ彼も家で恋人か妻が待っているのだろう。少し豪華な夕飯を作って待っている彼女にあの紙袋を掲げ、見せられた彼女も嬉しそうに喜んで、二人は抱擁を交わすに違いない。荒北はそう予想しながら、普段通りのペースで駅へと歩いていたつもりだった。底冷えする夜だ。冷たい空気が風で容赦なく人々を凍えさせる。また、誰かが荒北を追い越していく。何人もの男や女が荒北の横を過ぎていく。荒北はいつの間にか自身が立ち止まっていたことに気付く。雪を降らせるほどのサービス精神のない曇天の夜空はどこか懐かしく、奈緒は今頃何をしているのだろうかなどと荒北に柄にもないことを考えさせた。



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141224
B'z「いつかのメリークリスマス」


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